10月20日に、空腹を通じて昔が思い出された話

腹が減った、と、突然思った。

今日の10時頃、バイト中の話だ。

 

 

 

僕は子どもの頃から、あまり寝起きがよくない。

殊に、「その後に、特に面白くもない平凡な何か」が待っている朝は、常に体調が悪い気がする。

 

 

小学生の時は確か、7時半に起きて、8時に家を出ていたのだけど、その頃すでに、朝ごはんを食べるのは苦痛であった。せっかく母が作ってくれたんだから・・・と、子どもながらに吐き気を抑えて、無理やり詰め込んでいたと思う。

 

 

 

 

中学に入ると、起床時間はさらに早まって、6時15分起床、6時45分出発、というような日々を送るようになった。

 

この頃、僕の朝ごはんといえば、もっぱらプリンであった。他に食べられるものがなかったのである。

 

とろける系のプリンを、流動食のようにお腹へ流し込んで、昼までの空腹をごまかす日々。いま思えば、思春期の精神的なアレコレもあったのかもしれぬ。

 

 

 

中1の2月、冬休み明け某日。

珍しく体調が良かった僕は、朝起きて、トーストを1枚食べて、コーヒーを飲んで、出かけた。

 

 

これが間違いだった。

学校の最寄駅についた時、僕は異常なまでの腹痛に襲われて、最寄駅のトイレから動けなくなった。

 

 

波が引いたのを見計らって、駅を離れ、学校へ向かった。当時(おそらく今もそうなのだけど)、僕の中学ではバス通学が禁止されていて、学校に至る上り坂を、15分強歩く必要があった。

 

 

その間、公園や小学校はあれど、トイレが備え付けられたコンビニのような施設は、ひとつもなかった。今もない。遅れている。旧時代的だ。ナンセンスだ!

 

 

結局僕は坂の途中で、腹痛に襲われ動けなくなり、うずくまることとなった。

 

見知った先輩や同級生が、時折心配そうに声をかけてきたり、

知らない先輩や同級生が、これまた心配そうに眺め去っていったり、

ついには知らないおばさんと、散歩中の犬にまでジロジロ見られたりと、

 

実にまあどうも本当に屈辱的な通学を、僕は余儀なくされてしまった。

 

 

 

最終的に僕は、もうどうにも間に合わなくなってしまって、恥と恥とを天秤にかけた。

(つまりは、漏らすか、借りるか、である)

 

 

上村、とかかれた表札、その真横にあったインターホンを押して、話して、開けてもらって、借りた。

トイレを。

 

 

そう僕は、上村さんというお宅でトイレを借りて、なんとか生き恥を晒さず、生き糞を漏らさずに済んだのだ。

(卒業直前に確認すると、上村さんちは更地になっていたので、ひょっとすると、僕を救うための幻だったのかもしれない)

 

 

 

 

 

 

 

あれから年月が経ち、立派な大人(法的に)になった僕だけれど、未だに朝が弱い。

7時起き、8時出勤の毎朝、ご飯を食べられよう筈もない。もうこの町に、上村さんはいないのである。

 

 

そういうわけで、本日朝10時、僕が急激な空腹に襲われることとなった。

空腹からくる吐き気すら覚えた。

 

 

本来、この話が本題だったんだけど、

思い出を書き連ねているうちに満足してしまったので、

ここから先の僕の1日については、特に記そうとも思わない。もうお腹いっぱいでしょう?