10月4日に、中断するのは難しいと思った話

賢明なる読者諸兄は、僕がこのブログを書くにあたって、各記事のタイトルを(一部例外を除いて)、同一の形式で統一していることにお気づきだと思う。

 

 

具体的には、

「●月×日に、△△△した話」

という具合に、毎回毎回、同じ形式で記事タイトルを統一しているのである。

 

 

言うまでもなく、これは伊集院光『のはなし』へのオマージュ、というかパクリ行為、真似っこだ。

 

別に、伊集院光のファンでもなんでもないのに。

と言うかむしろ、ちょっと苦手だと言うのに。

 

 

伊集院光本人は苦手だけれど、「●●●のはなし」という形式には、かなりのリスペクトを抱いている。相当万能な形式だな、と思う。

 

 

 

思うけども、ただしそれは、「発表するべき作品の書き方として」、である。

ここまでやって見て気づいたことなんだけども、日記のタイトルとして、「のはなし」のパロディは、余りにも重い。

 

 

「●月×日に、△△△した話」

と銘打ってしまうことによって、そこにわずかに、作品感が生じてしまうのだ。

生じてねえよ!と、あなたは言うかもしれないが、僕からしてみれば、生じている。

 

 

「●月×日に、△△△した話」

と書いたからには、

「●月×日に、△△△した話」

を、書かなきゃいけなくなっちゃうのである。

 

 

そうなると、脱線が難しくなる。

もちろん、脱線して脱線して、最後の着地を綺麗に決められさえすれば、それでも良いようなもんだけど、

それこそさっき書いた「作品感」を醸し出す原因に他ならない。

 

 

時間がある時はそれでもいいけども、時間がないとき(まさに今、ここ近頃)に、そこまで手の込んだ、頭を使ったことは、やってられないのだ。

 

 

そうしてまた、更新頻度はどんどんと落ちていき、ついにはストップしてしまう。これまで何度も、そう言う経験をしてきた。基本的に、僕は飽き性なのである。

 

 

「タイトルの付け方を変えよう」

と、決意した。

 

このままいくら更新したって、また先月のブログみたいな、

「面白ブロガーを目指す昔の中学生」

的な内容になってしまうし、

 

あるいはその前のブログの、

「病気の村上春樹(村上病樹)」

みたいな文体になってしまう。

 

 

「●月×日に、△△△した話」

と言う形式を捨てよう・・・と、確かにさっきまで、僕は決意していた。

 

 

 

しかしながら、そう簡単にはいかなかった。

実際蓋を開けてみると(否、フリック入力を始めると)、僕は当記事のようなタイトルを、意識的につけてしまっていた。

 

 

無意識で、じゃない。意識的に、である。

僕の頭と指先が、タイトルの変更を拒んでいるのである。

 

 

例えて言うなら今の僕は、半袖の小学生みたいなものなのだ。

 

変なプライドと目立ちたい一心で、真冬にも半袖で登校し、

「なんでこんなことをしているんだろう」

という情けなさと、

「いや、ここまできたら、一年間やり通そう」

という謎の意地が、ごっちゃになっている状態なのだ。

 

 

心のどこかで半袖の僕が、

「ここまできたなら、記事タイトルそのままでやり抜こうよ!」

と、呼びかけているのだ、

 

どうしたもんかと、悩んでいる。前からずっと、こうしてたんだもんな。ここまできて、いきなり、中断するというのは、なかなか難しい。

 

 

まさかこの程度の雑感が、日本の官僚政治と同じ結論に至るとは思わなかった。

慣習を打ち破るのは難しいなぁ。

 

好き放題やれたらいいのにね。自分のブログなんだから。ねー。