8月16日に、赤コーラを思う話

赤いし甘い。甘いし赤い。

 

 

何がって、コーラの話だ。前回と似たような書き出しだが、内容はまるきり違う。

単純に、味覚についてのお話だ。

 

 

僕はコーラのことを、色で呼び分ける。

赤コーラとか、黒コーラとか、白コーラとか呼んでるわけで、ほとんどマリオと同じだ。

 

本来はたぶん、コーラと、ゼロカロリーコーラと、トクホのコーラ、とでも呼び分けるべきなんだろうけど、色で呼ぶ方が、よっぽどわかりやすいと思う。

 

 

黒コーラが世の中に現れたのは、いつ頃だったろうか。

調べればすぐわかるのだろうが、あえて調べないで、記憶だけに頼ってみる。

たぶん少なくとも、10年は前の事ではないかな。

 

知らんけども。

 

 

黒コーラが登場するまで、コーラと言えば、赤コーラと、ダイエットコーラしかなかった。

僕はそのころからすでに太っていたので、せめてもの抵抗として、ダイエットコーラを好んで飲んでいた。味が好きだったというのもあるが、赤コーラを口にすることは、あまりなかったのだ。

 

(ちなみに、その頃は赤コーラじゃなくて、普通に『コーラ』と呼んでいた。コーラとダイエットコーラしかなかったから。)

 

 

黒コーラ登場後は、ダイエットコーラから乗り換えて、黒コーラばかりを飲むようになった。

読者諸氏は、覚えておいでだろうか。ダイエットコーラは、ちょっと甘みが足りなかったのである。

 

どちらかというと辛口で、シャープな飲み口が売りだったダイエットコーラに対し、

黒コーラは、ちゃんとコーラの甘さを十分に保ったゼロカロリー飲料だった。

 

 

ダイエットコーラは、一瞬にして駆逐されてしまって、気が付けば世の中には、赤コーラと黒コーラしかなくなっていた。

それぐらい、黒コーラの登場は、衝撃的な出来事だったのである。

 

 

以来、10年近く、僕は黒コーラばかりを、飲んで生きてきた。自販機にしろコンビニにしろ、コーラが飲みたいときは、黒コーラばかりを飲んでいた。

また、母も黒コーラの方が好きだったので、家にコーラがあったとしても、それが赤い色をまとっていることは、ほぼなかった。いや、記憶に頼る限り、一度もなかった。

 

 

赤コーラってどんな味だっけ? と思うほどに、僕は赤コーラと無縁な時間を、何年も送ってきたのである。

 

 

一度だけ、興味本位で赤コーラを買って飲んだことがあったが、あまりの甘さに気持ち悪くなってしまって、半分残して友達に譲ってしまった。

別に嫌いなわけではないのだが、どうしても口の中に、違和感が生じてしまうのである。

 

「知ってるコーラと違うぞ!」

と、味覚が叫んでいるのがわかるのだ。

 

 

もちろん、世間的に見れば、赤コーラのほうが優勢であるのは、百も承知である。

(データとか見てないから、知らないけども。)

 

だがしかし、すでに黒コーラによって調教されてしまった僕の味覚は、赤コーラの侵入を、善しとしないまでになってしまった。

冷やして、氷を入れて、風呂上りに飲んでも、それはなお、であった。

 

 

 

赤コーラについて、ひとつだけいい思い出がある。

中学時代、無人島キャンプ(学校主催の伝統行事で、5泊6日〈当時〉のキャンプを、某無人島で行う。かなりのサバイバル)から帰ってきたときのことだ。

 

兄も父も、同じ中学の卒業生で、二人は口をそろえて、

無人島帰りに最初に飲んだ、三ツ矢サイダーの味が忘れられない」

と言っていたのだ。

 

 

帰り道、駅まで車で迎えに来てくれた母に、

三ツ矢サイダーを買って、持ってきてくれ」

と、頼んでいた。

 

やがて到着した母が持参していたのは、なぜか三ツ矢サイダーではなく、件の赤コーラだった。

「寄ったコンビニの三ツ矢サイダーが売り切れてたので、これで我慢してくれ」

と、母は言った。

 

 

 

ふざけるな!!!!!!!!!

・・・と、思ったけども、迎えに来てもらってる手前、そこまでのわがままは言えない。

 

 

手に入らなかった三ツ矢サイダー

そして目の前には、そんなに好きでもない赤コーラ。

 

 

 

仕方ないかとあきらめて、口をつけたその味。忘れられない。

 

 

 

「こんなに旨い飲み物が世の中にあるのか・・・!」

 

 

 

と、確かに僕は思った。

思ったし、今でも覚えている。あの時飲んだ赤コーラは、僕がこれまで飲んだ飲み物の中で、一番おいしかった。

 

 

 

 

無人島には真水がないので、学校が本土から運んでくるのだが、

伝染病などを防止するため、すべてアツアツに沸かしてしまうのである。煮沸消毒だ。

 

煮沸消毒済みの水(というかお湯)、これを使って麦茶を作り、我々生徒は5泊6日の間、基本的に、この麦茶を水分として生きていかなければならない。

真夏に。くそ暑い中。

 

 

せめてもの抵抗として、麦茶の入ったタンクを海水に漬けたりするのだが、そう簡単には冷たくならないし、時には塩辛い麦茶になったりして、飲めない状態にすらなってしまう5泊6日なのだ。

 

 

そんな5泊6日を終えて、文明あふれる本土に帰還(我々はみんな、帰還と言ってた)し、文明の味の代表格たる赤コーラを口にした、その幸福と言ったらなかったのである。

 

 

あの時、あれだけ美味しいと感じた赤コーラ。

特売で買った1.5リットルが、いま僕の目の前に、鎮座ましましている。

 

 

 

赤いし、甘い。

甘いし、赤い。

 

 

到底、あの日僕が飲んだコーラと同じものとは思えない。

 

思い出補正があるとはいえ、多分もう二度と、あの赤コーラに巡り合える日は来ないのだろう。

あの赤コーラは、思い出の中に咲く、過去のコーラなのだ。

 

 

カコ・コーラ。