4月5日に、桜の力を感じた話

 

お休みだった。勤も務もないおやすみであり、例によって、10時過ぎまで眠っていた。

本当は、今日も明日も務がある予定だったので、二日とも空けていたのだが、急遽なくなってしまったのである。

 


務がなくなったはいいものの、収入まで無になっては困るので、一応明日は予定を変えて、バイトのシフトを入れてある。
今日も入れようと思えば入れられたのだが、少し体力的に厳しいものもあり、やめた。

 


酒場大喜利の翌日、二日酔いはほとんど無くて、快適に社会生活を送っていたのだが、どうやら疲労はしっかりと蓄積されたようで、僕は今、相当疲れ切っているのである。

 


どれくらい疲れているかというと、部屋の回転椅子で一周半ぐるぐるしただけで、目眩と吐き気に襲われ、動けなくなったくらい。三半規管も言うこと効かん。

 


そもそも、なんの意図もなく回転椅子でぐるぐるしてしまうような精神状態だ、くるってる。

 


たかが8時起き、10時〜19時のバイトごときで、こんなにも疲弊しているのだから、おそらく僕は、根っから社会人向きでないのだろう。働くみんなに感謝、幸あれ。

 

 

10時過ぎに起きて、雨戸を開けた。開けた途端に、目が痒くなった。花曇りだったが、雨は降っていなかった。

 


階下に降りたら、母が出かける準備をしていた。今日はヨガに行くらしい。
一昨年、愛犬が亡くなってから、母にはかなり自由な時間が増えた。

 

 

昨日の晩御飯が残っていたので、レンジでチンして食べた。
物足りなくて、冷凍の唐揚げ3つ食べたことを懺悔しておく。胡椒とマヨネーズがよく合った。

あと、カップのスープも飲んだ。ハムも食べた。食べ過ぎだ、断食の記憶はどこへいった。

 

 

 

12時前くらいに出かけて、市役所に行く予定だった。年金納付関係で、聞きたいことがあったからだ。

出かける前に調べると、正午から12時45分まで昼休みらしく、待機を余儀なくされてしまった。

 

 


11時半くらいからずっと、ジャンプ+で漫画を読んでいた。
ムヒョとロージーの魔法律相談所。

読み切りから連載終了まで、欠かさず読んでたなぁ・・・久しぶりに読むと、やっぱり面白い。ビコがかわいい。

 


無料の分全部読み終わって、所持ポイント分も読み終わった時点で、13時を回っていた。西義之に、随分とスケジュールを狂わされてしまった。

 

 


13時20分くらいに、市役所へ着いた。駐輪場所がわからず、ウロウロしてしまった。結局、駐輪場所は地下だった。

エレベーターに乗って2階へ。

 

納税課みたいなところに行ったら、ここじゃないと言われて、1階の年金窓口に連れて行かれた。
案内してくれた職員の、愛想が悪すぎた。

しかし、地下から階段を使ってたら、カロリーを無駄に消費するところだ。危ない危ない。

 

 

 

相談は、5分足らずで終わった。
おじいさん担当者で、正直不安だったのだが、話が通じるし、分かりやすく説明してくれるし、助かった。
亀の甲より年の功だ。あなたみたいなお役人ばかりならなぁ。

 

 


13時半過ぎには、市役所を出られた。

 

地元の文学館に行きたかった。
僕の好きな俳人を、記念したものである。

文学館の入り口まで着いて、二の足を踏んだ。
入館料は500円、せっかくのお休みに一人で行くところか?、と。

 

悩みに悩んだ末に、やめた。また道後の相棒とでも、行くことにする。

 

 

 

原付のガソリンを入れて、帰路に着いた。
途中、川原通りを北上していると、花見に興じる人たちがたくさん目に入った。

まだ桜は六分咲きくらいだというのに、えらく陽気に楽しんでいる。明後日から雨だってことを、知っているからだろう。
今年は、満開の桜は見られないかもしれない。

 

 


そこで、ふと思い立った。
「そうだ、花見をしよう」と、思ったのである。

僕はお休みのたびに、今日という日をオッケーにするための策を考えるのだが、14時前になってようやく、本日の策が固まったのである。

 


原付の方向を変えて、地元の和菓子屋に立ち寄った。桜餅と草餅と、ひとくち羊羹を買って帰った。640円だった。
文学館より高くついたけど、僕のお休みは、もうこれでオッケーなのだ。

 

 


帰宅して、お湯を沸かす。緑茶を淹れようと思ったのだ。
お湯が沸くまでの間に、お茶っ葉を探したのだが、残念ながら見つけることができなかった。

どうやら僕が買った嬉野茶は、すでに飲み切られてしまったらしい。
仕方なく、ペットボトルの緑茶を湯飲みに移し、チンしてボトルに注ぎ直した。

 


それから、酒だ。こっちもお燗にしたいところだが、時間が勿体無いので、諦めた。
一升瓶片手に・・・と思ったが、周辺住民の目を気にして、やめた。
小さい空のペットボトルに、半分くらい注いで、持参した。

 

適当なアテがなかったので、また唐揚げをあたためた。
スープのカップを洗って拭いて、そこに唐揚げを入れて、三重くらいラップした。ひっくり返したりしたら、つまらない。

 

 


この時点で、僕の気分は相当アガっていた。
トドメとばかりに、僕は服を脱いだ。生まれたままの姿だ。

 

 

 


とはいえ、全裸で花見に向かったわけではない。まだ酒は飲んでいない。

着物に着替えたのだ。
落研時代、最初に買った安物の濃紺。洗濯機でも、洗えるやつだ。

 

 


これで、準備万端。
雪駄をチャッチャと言わせながら、桜の名所へ向かった。歩いて10分くらいの距離だ。

 

 

 

 

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写真のように、座を広げた。敷物を忘れたので、手ぬぐいで代用した。

 

 

 

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川原と同様、こちらも桜は六分咲きくらいだった。

 

 

ご機嫌で桜餅を食べていたら、通りかかったおじいさんが、怪訝な顔でこちらを見ているのに気づいた。
道路に面した坂道だから、結構人通りも多いのである。

そりゃあ、着物の若い男が、平日の昼間にこんなところにいたら、怪訝な顔もしたくなるだろう、気持ちはよくわかる。

 


ただありがたいことに、僕の周りのお茶やら菓子やらを見て、
「ああ、花見か」
と察したように、通り過ぎて行く。

 


おじいさんだけでなく、他の通行人も、同様であった。
ばかりか、ついには通り過ぎてから、
「若いのに風流だなぁ」
なんて、会話を交わす声すら聞こえてきた。少しこそばゆかった。

 


と言うか、冷静に考えて、なんにも風流じゃないのだ。
僕はもう社会人だと言うのに、平日の明るい時間から、一人で着物きて、お菓子食べて、お茶飲んで、唐揚げ食べて、酒飲んでるのだ。道で。
はっきりいって、ちょっと悲しい人である。

 


だと言うのにみんな、納得したような表情で去って行く。警察に通報するとか、注意してくるとか、そんな人は一人もいなかった。

 

なぜなら、花見だから、だ。
僕が花見をしているという、ただそれだけの理由で、みんな納得してくれるし、悲しい人である事実を忘れてくれているのである。

 

桜の力を感じた。初夏じゃあ、こうはいかない。
(実際、いかなかった。みんな避けて通ってた。)

 


少ない兵糧が、すぐ無くなってはつまらないので、本を持参して読んでいた。

 

 

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村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』。

僕は村上春樹が、特別好きというわけでもないのだけど、
なぜだかこの場所で本を読む時は、村上春樹がちょうどよく思えるのである。名前のせいでは、ないと思う。


それが証拠に、確か去年の桜の頃にも、ここで村上春樹を読んだのだ。
品川猿』だった。
(僕は長編があんまり好きじゃないので、短編集ばかりを読んでいる。)

 

 


平日の明るい時間に、
着物の若い男が、
茶を飲み、
和菓子を食べ、
酒を飲み、
唐揚げを食べ、
村上春樹を読んでいる。

 


どう考えても、ヤバいやつだ。
町内に一人、それもいるよりはいない方がいいタイプの人だ。

というのに、許される。
全部全部、桜のおかげである。ありがたい。

 


去年の今頃、ここで村上春樹を読んだ時には、
「来年の今頃は社会人で、もう家を出ているだろうから、この桜は見られないだろうなぁ・・・」
なんて、思っていた。

 


全くそんなことはなかった。まだまだ僕の未来は不透明であり、おそらくこの桜が新緑に変わっても、まだこの街でウロウロしているのだと思う。

 

六分咲きの桜を眺めながら、
「早いこと咲いてなぁ」
と、語りかけた。酒の勢いだったが、声はそんなに大きくなかった。

 

桜に言ったのか、自分に言ったのか。
いずれにしても、雨風に散らされないでくれ、と願う。

 


『アイロンのある風景』まで読み終えて、本を閉じ、草餅を食べ、最後の酒を飲み干した。

 


後片付けをして、家路に着いた。

後ろの方で、桜が風に揺れるのが聞こえた。

 

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