4月4日に、削れたMPの回復を試みた話

 

MPが足りないな、と思った。

 

 

きっかけは、午前中の仕事の成績が悪すぎたことだ。
どんなに頑張っても成績が上がらないし、何をやっても裏目裏目だった。

 


たかがバイトだから・・・とは思うものの、僕はこう見えて真面目な性格だから、なかなかどうして手を抜けないのである。

 

 

訂正)見ての通り真面目な性格なので

※あなたから見た僕像に近い方を採用してください

 

 

 


マジになって本気になって、成果を上げようと頑張ってしまうのだが、
頑張れば頑張るほど、目は裏に回ってしまう。丁と張れば半、半と張れば丁という具合。

 


「あー、こりゃダメだ。今日はこれ、ダメな日だ」

と、12時前くらいの時点で悟っていた。

 

ダメな日はダメ、いくら頑張ったってダメなのだ。そういう日がある。

それが理解できない奴に、博打はできないぞ。
したことないけど。

 

 

ただまぁ、理解できることと諦められることとは、また違う。

 

「今日はダメな日なんだなぁ、仕方ない」
と思うのと、
「今日はダメな日なんだなぁ、かなわんなぁ、やだなぁ・・・」
と思うのとでは、天と地と真と理くらいの差がある。

 


僕の場合、後者なのだ。やだなぁやだなぁと、淳二くらい呟いてしまうのである。
淳二というのは言うまでもなく、あの淳二のことだ。

 


淳二・・・ではなくて僕は、なかなかこう言うダメな日に、うまいこと気分に切り替えられないタイプなのである。

 

そればかりか、そう言うダメな日の気分を翌日以降にも引きずってしまって、何か自分を安心させるような出来事を挟まないと、元に戻すことができないのである。

 


気分転換が苦手、と言えれば簡単であるが、問題はもっと根深い。
そうなんです、とにもかくにも、僕は相当ネガティヴで、気にしいなのです。

 

 


残念ながら、見た目がそう見えない(能天気で何にも考えてない風に見えるデブだ)から、かなり損をしていると思う。ほんとに。
この辺の悩みは、棚卸しのおにいさんと共有できそうです。あの人の場合、ちょっと見え方のベクトルが違うだろうけれども。

 

 

そんなわけで帰り道、僕はヘトヘトに疲れ切っていた。
イヤホンを装着して、聞こえてくる音楽の歌詞が、何一つ心に届いてこないくらいに、ヘトヘトであった。

 

 


MPが足りないな、と思った。電車の窓の向こうを、知らない家がたくさん走り去っていた。

 


なんでHPでなくてMPだったのか、自分でもよくわからない。
だけどなぜか僕の頭には、
MPが足りないな、と言う言葉が浮かんでいたのである。

 


十三を超えたくらいで、回復しなければいけない、と思った。
僕はイヤホンから聞こえる音楽を拒否して、ミュージック機能を停止した。

それから、フォルダを取り替えて、延々と、大好きな出囃子を聴き続けていた。


落語を、じゃない、出囃子を、聞いていたのである。

 

 


出囃子は奥が深い。
歌舞伎や踊りの地囃子であるとか、長唄端唄の一節とかを、噺家の出のためだけに編集し直して、演奏されるものである。
1曲、だいたい1分弱。長くても、2分半もあれば終わってしまう、短い短い、短い至福。

 


大好きな師匠や、かつての名人たちの出囃子を聴いているとき、もはやそこには彼らがいて、僕はその世界にひたすら浸っているのである。

 見たこともない名人上手が、下座から高座へ上がる姿を想像して、僕はその、間に合わなかった世界の甘美に、目を閉じて想いだけを巡らせる。

 

 

最寄駅についたとき、またフォルダを変えて、久しぶりに、ゆっくりと落語を聴いていた。
そう言えば近頃、忙しくて、ゆっくり落語を聴く時間すら、取れていなかったと、気づいた。

少し、びっくりした。

 

 

 

 

駅から家までの30分弱、僕の耳元で確かに、江戸と上方の世界が広がっていた。


音の世界というものは、ひょっとすると視覚の世界以上に支配的で、無限的ではなかろうか?

 

音楽と絵画が最強の芸術だけれど、やはり僕にとって最高の芸能は、落語以外にないのである。

 

 


家に着いて扉を開けるくらいに、ちょうどバレ太鼓が鳴り響いていた。

デテケデテケという太鼓に背中を押されて、家の中に入った。

 

さすがにMP全回復とはいかなかったけれど、明日も僕は多分頑張れるし、何があっても僕はずっと、落語が好きで仕方ないんだろうな、と思った。

 

 

早く一人前になって、お金持ちになって、たくさん落語を見に行きたいな、と思った。

となるとどうやら、MPよりも、ゴールドが足りない。

 

100両欲しい、100両欲しい。

ちょっとあんた、どんな夢見たん?