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3月18日に、十年間の区切りを迎えた話

 

2007年の1月、たしか21日とかそこらだったと思う。
僕の中学受験、その合格発表が行われた日だ。

中学から大学院までを包括する、いわゆる一貫校。その中学部。
僕の親父も兄貴も、卒業生であった。

 


小学校四年の頃、塾に通い始めた。
特に強い希望もなかったけれど、漠然と、同じ中学を目指すんだろうな、と思っていた。

 


今はどうなのか知らないが、当時の合格発表は番号貼り出し式で、
今はなき図書館(卒業後、改修でなくなってしまったのだ)前の掲示板に、ずらっと合格番号が並んでいたのを覚えている。

 


僕の受験番号は、1192番。
鎌倉幕府やんか、語感がいいから受かるわ」
と、何人かに言われた。根拠が意味不明すぎた。

 


合格番号は確か、15時貼り出し開始だったと思う。

「15時に行ったって、混んでて番号は見えないし、何より駐車場がいっぱいだから、車が停められない。落ちた人が帰って、駐車場が空いたくらいの時間に行こう」

と、母は言った。

兄に続き、2回目の受験ということもあり、落ち着いたものだった。

 


別に合格発表なんてどっちでも良かったから、それに従った。
落ちた、と思っていたのである。それくらい、算数ができなかった。

 


15時過ぎに、車で家を出た。家から学校まで、だいたい15分くらいだから、15時半くらいには着く計算である。

 


同じ日に、滑り止めの中学を受験して、疲れ切っていたのもあり、助手席に座った僕は、心ここに在らずであった。

 


学校までもうすぐという時に、母の携帯が鳴った。電話ではなく、メールの着信音だった。
(メールと電話で着信音が細かく変えられたことを、いま思い出した。)

 


兄からだった。
兄は同じ学校の高等部で、野球部に所属していたのだが、
監督の粋な計らいにより、一足先に結果を見たのだという。

 


「自分の目で見たほうがいいと思うので、結果は言いません」

と、書いてあった。

 

 


普通こう書かれたら、落ちたと思うものだろうけど、僕は天邪鬼なので、
ひょっとして、受かったかな? と思っていた。

落ちてたら多分、こんなキザなメール送る余裕もないだろうと、思ったのである。

 

 

学校に着いて、空き始めた駐車場に、車を停めた。
ふと見ると、正門の方から、三人の親子連れが歩いてきていた。

 

誰一人、上を向いていなかった。言葉も発していなかった。
彼らの結果は、言わずもがなである。

 

10分後の自分をそこに見たような気がして、嗚咽した。
僕はレギュラーの西川くんと同じで、緊張すると、嗚咽が止まらなくなるのである。

 

 


図書館は、当時の校舎本館の中にあった。
本館入り口で、兄と合流する予定である。

当時は、入り口の真向かいに体育館があって、その壁に沿うように、いくつかのベンチが並べられていた。

 

そういえば、この体育館も図書館同様、なくなってしまった。記憶の中にだけ、鮮やかに存在する。

 


ベンチに座る人影が、遠くからでも見えるくらい、15時半はまだ明るかった。坊主頭で野球部の練習着をきているから、あれはおそらく、兄なのである。

果たして、それは兄であった。

 

兄は足をだらんと伸ばして、力なくうなだれていた。

落ちたんかい、と思った。
落ちたと思わせたり、受かったと思わせたり、迷惑な兄貴だ。

 


兄は僕の姿を見つけると、立ち上がって、フラフラ近づいてきた。
本館を指差して、行ってき、とだけ言ったのだと思う。

 

 

図書館前の群れは、だいぶ減っていた。
廊下の途中、母が立ち止まって、
「ひとりで見てきなさい」
と言った。

 


意味がわからなかったが、いま思うに、母も怖かったのだろう。
その時の母の表情を、全く思い出せないのが歯がゆい。多分僕も、伏し目がちに歩いていたのだ。

 


僕は一人で歩いて行って、ずらっと並んだ番号を眺めた。

 

 

 

 

 

1192

という番号が、輝いて見えた。浮かんで見えた。
僕の番号が、確かにそこにあった。

 

 

在ったーーーー!!!
在ったーーーー!!!

と叫びながら、廊下の手前で待っていた母の元に走った。
母は泣いていた。僕もオイオイ泣いていた。横で兄貴が笑っていた。

 

 


その景色を思い出すと、今でも泣いてしまうのは、
たぶんそのとき作られた涙が、あんまりにも多すぎたからなんだろうと思います。まだ相当、体内に残ってるんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 


あれから十年が経って、僕は昨日、大学を卒業した。
十年間、僕は一度も、この学校を、この土地を離れなかった。

 

 


十年の間、本当に色々なことがあって、いま思い出しても泣いてしまうような思い出や、笑ってしまうようなあれやこれやが、僕の中に浮かんでいる。

 


けどそれを、ここに書くことは不毛だ。
2007年からの十年間で、様々な色々を経験したのは、別に僕だけではないからだ。

 

いまこれを読んでいるあなたも、あなたの家族も、友人も、同じように、別々の場所で、十年を過ごしたはずなので。

 

だからここでいちいち、僕の十年を書くことはしないけれど、
色々あって、その末に、今の僕がいるのだと、それだけは強く書いておくのである。

 

 

次の十年に歩んでいく僕を、どうか僕を知らないあなたも、祝ってくれたらありがたい。そして次の十年が、僕にもあなたにも、素晴らしいものであればいいと思う。

 


そんなあれやこれやをまた浮かべながら、僕は上ヶ原を去るのでありました。