もののけ姫考察④

●アシタカは旧人ではない

それでは、アシタカの立ち位置はどうなるのだろうか。
森の敵ではない以上、アシタカを人間に分類することはできないが、
果たしてアシタカは、旧人に分類し得る存在だろうか?


答えは項題の通り、否である。彼は人間ではないし、旧人ですらない。


人間でない理由については、すでにご承知の通りであるが、旧人にすら分類できない理由については、これから記さねばならない。
大きくわけて二点ある。


第一点は、彼が「人間」と「旧人」、両方の性質を兼ね備えているから、である。

ラストシーンでアシタカは、タタラ場で暮らすことを決意するが、実はこれ、かなり重要なポイントである。
つまりアシタカは、「人間」たちの街で暮らすことを決めた、ということだからだ。


「人間」たちと共に暮らしている以上、彼をもはや、「旧人」の側に分類することはできない。それは、おわかりいただけるだろう。

 

ではアシタカ自身も、次第に「人間」へ変わっていくのかというと、もちろんそんなわけはない。
彼はタタラ場で暮らすことと同時に、森と共に、サンと共に生きることを決意しているからである。

 

 

つまり彼は、「森を崇敬するヒト=旧人」であり、かつ「森を破壊するヒト=人間」と暮らす存在だ、ということである。

「人間」と「旧人」、両方の性質を持つからこそ、彼は森とタタラ場の共生を訴える資格があるし、その架け橋的存在になることができるのだ。

 


とはいうものの、本当にそうか?という疑念を持つ人が、いるかもしれない。
アシタカだってヒトなんだから、完全に中立で、どちらにも偏らず存在することなどできないだろう、と。

どっこい、できるのである。

 

彼が「人間」でも「旧人」でもなく、中立なヒトで在れた理由。
それが第二点。アシタカが、「人間」からも「旧人」からも、深く傷つけられた存在だから、である。


思い出して欲しいのだが、彼がそもそも、深森まではるばる旅してきたのは、右腕に受けた死の呪いを解く鍵を探すため、である。

彼に死の呪いを与えたのは、もののけであるナゴの守だ。
また、そのナゴの守をタタリ神へと変貌させたのは、「人間」エボシの石火矢、その鉄礫である。


作中では、明確に言葉にはされないけれども、彼が「人間」ともののけ(また、もののけを崇敬する「旧人」)に対して、複雑な感情を抱いていたことは間違いない。

アシタカは、「人間」ともののけ(≒旧人)、その両方に傷つけられた存在であるからこそ、彼らとは違った立場で以って、どちらかに偏ることなく、共生を訴え続ける資格を持つのである。


識別のため、あえてアシタカにヒトとしての分類を与えるのなら、
「新人」
と、言わなければしょうがない。

旧人に対して、いま現在のヒト(=人間)がいる。
アシタカは、いま現在のヒトである人間の、さらに先に行く存在であるから、
(すでに存在する別義の言葉なので)不本意ながら、新人と呼ばせてもらう。



人間=森を侵すヒト、エボシ筆頭に、タタラ場の民など

旧人=森を崇敬するヒト。サン。

新人=森(旧人)と人間の共生を目指すヒト。アシタカ。

ヒト=生物種としてのヒト。人間と旧人と新人。