3月4日に、夜が明けてしまった話

 

5時に目覚ましをかけて、4時59分に起きた。
こういう時、損した気分になる人と、得した気分になる人があるらしい。

僕は前者だ。もう1分寝られたのに。


特に今日みたいに、早起きした日はそうだ。
普段休みの日は、ダルダルと昼前くらいまで寝ている人間である。(それから映画なんか見られたら、最高なんだけど。)

そんな私からすると、夜明け前5時の起床など、逆にちょっとテンションが上がってしまうくらい、相当な早起きだ。

僕は夜明の朝焼けとか、そうでなくても白む空とか、夜と朝の替り目が大好きだから、早起きはしんどいけど、やっぱり楽しい。

「たまにするからだよ。毎日だと飽きるよ。」

と、社会人の方からお叱りを受けそうである。というか受けたこともある。

ただ、僕自身はというと、そうは思っていない。
そりゃあ、初めての夜明と101日目の夜明で、全く同じ感じ方ができるとは思わないけれど、
それでもなお、感動できるだけの感性を持ち合わせていたいし、そう在れると信じたい。

朝の僕は、ロマンチストですねえ。


岡山へ向かうのだ。
9時過ぎの到着が必須なので、6時前後の電車に乗らないことには、間に合わないのである。

加えて家から駅までは、最短距離を歩いても30分近くかかってしまうから、その分、余計に早く起きないといけない。スーツケースもゼレゼレ引くし。
田舎じゃないはずなんだけどなあ。


家を出た頃にはまだ真っ暗だった空も、駅に着く頃には少し白んでいた。夜明はまだ遠かった。

目当ての電車に乗り込んで、座席を探す。
できれば、進行方向左側、海の見える席に座りたかったのだが、そうもうまくいかない。普通の座席は、チラホラと穴を残して埋まっていた。

少し硬い、進行方向右側、山側の補助シートに座る。
結果としては下から2番目くらいだが、座れただけ幸せだから、僕は幸せだ。幸せだから幸せだ。


家を出た頃からずっと、久石譲を聞いている。

三ノ宮について、たくさんの人が立ち上がった。
すわ海側と、僕も立ち上がったが拍子の悪いことに、海側だけひとつも席が空かなかった。
みんな、海が見たいのかな。


目の前に、水商売らしき二人の女が座った。
ひとりは神戸駅で下車してしまい、先ほどまで笑顔だったもう一人は、何をするでもなく目を閉じてしまった。


須磨駅についた。あまり綺麗な海ではないけれど、今の僕には十分すぎるほど十分な海だ。

朝焼けは見られなかった。右は綺麗な青空だから、海側だけが、今のところ曇りらしい。


ここまで書いて、現実は追いついた。

アシタカせっ記(「せっ」は、草冠に耳二つ)を聞きながら、もののけ姫の感想文、その続きを書く。
岡山は遠い。まだ時間はある。

夜はもう、すっかり明けていた。