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4月16日に、暴力的な食を堪能した話

 

今日明日と、お勤めである。
明後日はお務めであるから、もし昨日がお勤めだったなら、勤勤勤務という並びが完成していたのである。


が、昨日はお休みであった。残念。
なお、勤勤勤務の並びは、21〜24で完成する予定なので、心配はいらない。

 

だいたい完成したところで、変わることも良いこともなんにもないやなんだから、心配する理由はないのである。

 

 

むしろ、もう4月のお休みが1日もないことを心配してほしい。
自堕落学生だった僕には、なかなかきつい。

収入も少なくて休みもないなんて、なんというブラックライフだ!
未来を明るくするために、今のブラックをなんとか耐え抜きたい所存。

 

 

昨日はお休みだったので、お友達と久しぶりに会ったりしていた。
久しぶりとはいえ、たかが1ヶ月やそこらだから、お互いそんなに変わらない。

 

 

いや、これも違う。立場はだいぶ、変わってしまった。
彼は日曜定休のちゃんとした仕事に就いた、立派な社会人、公務員、社会のワンちゃんである。彼はこれから、税金で飯を食うのだ。日曜も働け!!

 

 

なお、かくいう僕は、税金を納める余裕もないフリーターであり、社会の歯車ですらない、底底底辺の人間である。

 

犬の餌にもなれない存在、夫婦喧嘩のようなものだ。社会のワンちゃん万歳、君たちのおかげで、僕のようなクズが呼吸を許されているのである、頭を下げ続けよう。

 


そのとおり。
毎日がお休みみたいなものだから、友達からの誘いにも、すぐさま反応できるのだ。
嬉しいような哀しいような、いや、情けないよな、これは。

 

特に何をしようという予定でもなかった。タダ券があるから、サーティーワンに行こうという予定ぐらいしか、決まっていなかった。

やたらワンが好きなワンちゃんだな。

 

 

 

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暴力的な甘さだった。
甘いのは嫌いじゃないから、それもまた良しではあるのだが、あんまりにも甘い。甘すぎる。
もしこのアイスにコーヒーを添えるとしたら、ブラック以外考えられない。
甘めのカフェオレなんか持ってこられた日には、喉が焼けて死んでしまうだろう甘さ、それほどの甘さだ。

 

 

ワンちゃんは、なんかフルーツ系のフレーバーを楽しんでいた。
一口もらったが、なかなか爽やかなテイストで、これを同じお姉さんが、同じ笑顔で提供してくれたのかと思うと、彼女の二面性に驚いてしまう。
彼女の中に眠る暴力性と爽快さ。

 


そういえば、サーティーワンアイスクリームって、正式名称じゃないらしい。
バスキン・ロビンスやて。ワンピースのキャラクターみたいな名前ですね。

 


またワンやんか。

 

 

それから、僕の下宿先を相談したりしていた。ワンちゃんの身内に不動産屋がいるので、いくつか調べてきてくれたのだ。ありがたや。

 


でも、いい頃合いの物件は見つからなかった。やっぱり、その街まで行って、その街の不動産で尋ねるのが一番らしい。めんどくさいなぁ。

 


それから先は、特に記すべきこともなく、お友達との時間を楽しんだ。酒を飲んだり、電車に揺られたりしていた。

 


家に帰ってから、ふと村上春樹が読みたくなって、読みかけだった『神の子供たちはみな踊る』に手を伸ばした。

 

 

「彼の作品の魅力は、1000の言葉を紡いで、0を作ることなのだ」
と、昔ある人が言っていた。

 


僕はハルキストじゃないので、詳しいことは言えないけれど、わかるような気がする。

 

ジブリの『風立ちぬ』や『かぐや姫の物語』を見たときに、似たような気持ちになったのを覚えている。
何が良いのか聞かれると困るけれど、何か良いのだ。雰囲気というか、空気というか、そういうようなものが。

 

 

この辺の話題はまた、別の記事で書くことにしようと思う。

 

花粉のせいなのか酒のせいなのか、目がずっと重く、痛かった。
目をつぶって、ギターをガチャガチャやってから、風呂に入って眠った。

 

 

ここまで書いて、「結構たくさん書いたな」と思った。

二つに分けようとしたところで、博士の生い立ちさんから着信。

4月15日に、少しサボっていたブログを再開させた話

 

ブログを始めてから、更新間隔がこんなに空いたのは初めてかもしれない。


とはいえ、1週間も休んでいないのだ。反省するほどのことでもない。
何より、個人の趣味ブログなんだから、反省する謂れも、誰かに責められる覚えもない。
僕は省みないのである。

 

 

バタバタバタバタしていた。
バタバタバタバタでは足りないくらい、バタバタバタバタしていたのだ。バタバタバタバタでは足りないくらいだから、バタバタバタバタバタとしていた、が正確なのである。

 

 

お務めがあったりお勤めがあったり、大変だったのだ。気を使ったり、体力を使ったり。

 

 

そういえば未来杯以来、僕は務めと勤めがややこしいので、オムメとオキンメって読んでいる。聖書に出て来そうな響きですね。
あなたにも是非ご採用願いたい。

 


4/9からの1日1日を、一つ一つ振り返って行くような余裕も気力もないし、
またここに書いて面白くなるようなことも、特にはない。

 

「これをブログに書こう」
と思っていたことや、そのために撮った写真が溜まっていたりするけれど、どの写真がいったいどの日の何だったのか、自分でも分からなくなっているのだ。


情報整理能力がないなぁ・・・と、ここで初めて僕は反省するのである。
猿でもできることを、ようやく。

 

 

この際だから、時系列なんか無視して、ここ数日思ったことなんかを乱雑に、過剰に箇条で斯様に書き連ねることとします。別に構わんでしょう。

時系列なんてクソをくらってしまえ!

 

 

 

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・最寄駅の善意は返却されていた。わが町の善意も捨てたもんじゃないな、と思った。

 

 

筒井康隆が炎上していた。彼に不謹慎と叫ぶのはナンセンスだけど、当該ツイートを削除してしまったあたり、筒井翁も老いたのだなぁと思った。

 

 

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・今年の桜はしぶといし、実は葉桜も美しいんじゃないか?と思う。

 

 

・下宿を探している。風呂トイレ別で、3.5万くらいの部屋、ないかなぁ。ないよなぁ。不動産関係の方、いませんか?

 

 

・2017年の歴史を、未来の史学者たちは、どんな顔で眺めるのだろう。

 

 

・4月13日に、大変なことが起こった。あまりにも大変で、ここには書けないけれど、僕はもう生大喜利に出られそうにもない。

 

 

・夢にすかいどんさんと、イコリハイミランさんが出てきた。お二人としっかり話したことは、ほとんどない。気づいたら2人ともいなくなっていて、僕は地下鉄で帰路に着いていた。

 

 

昔好きだった女の子から、就活の相談をされる。僕に聞く理由がわからないけれど、もう僕は彼女を以前ほど好きになれないのだな、と思う。

 

 

・4月15日に、久しぶりにブログを書いた。これくらいの更新頻度でもいいかな、と思う。ブログを更新していない時、僕の現実は相当充実しているのだから、あなたもどうか喜んでください。

 

 

・いま、河原町の駅について、ブログを書く手を止めた。

4/8に、春雨じゃ!と思った話

 

お勤めが終わって、生乾きの蒸れた足を引きずりながら、帰路に着いた。


引きずりながらというのは比喩ではなく、実は本当に、足を引きずっていた。
いわゆる、びっこをひく状態というやつ。


なんでそんなことになっていたかというと、実は僕、いまものすごい筋肉痛に襲われているのである。

 

 

昨日の奈良行きで、とある事情から、50mほど全力疾走する機会があったのだが、
ただそれだけの運動によって、僕のハムストリングスがやられてしまったのである。

 

朝起きた時点で(さっきのブログを書いていた時点でもそうだ)、臀部が痛くて起き上がるのが億劫になるほどだった。

家から最寄り駅までの雨路で、ジーン・ケリーごっこをやれなかった第三の理由が、これである。

 

 

何が情けないって、これでもかつては運動部に所属していた人間だというのに、たかが50m、時間にして10秒にも満たない運動によって、こうもボロボロになってしまうものかね?

 


あな、情けなや。
筋肉痛が遅れて来なかったことだけが、まだ若い印であり、救いである。南無三。

 

 

 

こういう日のために、「雨」というタイトルのプレイリストが用意してあって、通勤退勤はずっとそれを聞いていた。

 


奥田民生『雨男』を聴きながらウトウトしていると、
RCサクセション『雨上がりの夜空に』にぶち起こされたりして、
プレイリストもいいことばっかりじゃないな、と思った。清志郎は格好良かった。

 

 

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最寄り駅の善意は尽きていた。
幸い僕は傘を持っていたけれど、以前、善意を借りようと訪ねてきた時の絶望を覚えている。
今日なんか雨の予報だったんだから、持ってこいよなぁ、と思う。

あるいは、濡れて帰れ。なんのなんの、春雨じゃ!

 

 

でも僕は濡れたくないので、大きめの傘を差して帰った。

 

 

 

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影がカレーパンマンみたいになっていた。
カネゴンにも見えるし、もう少し持ち上げるとキノコみたいにも見えたが、
ややこしくなるので、今回はカレーパンマンということにするのだ。

 

 

僕は雨男なので、歩けば歩くほど雨脚は強まったし、帰宅した途端に雨は止んだ。

母が泊まりがけで出かけているので、家には誰もいなかった。風呂を入れて、温まった。

 

 

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白と紺のスニーカーを、暖房の前で乾かした。


さっき寝室に行く前に触ってみたが、まだ結構湿っていた。明日まで乾く保証は、ない。


1日も早く、夏が来ないかなぁと思う。
それもこれも、悪いのは春雨じゃ。春雨なのじゃ。

 


僕は決して春雨に濡れない人生を歩もうと決意して、床に着


尻が痛いっ!

4月8日に、なんぼ春雨でもなぁと思った話

 

雨が続いている。
昨日は奈良に行く予定があったのだが、奈良もパラパラと雨だった。

いまごろ満開なのであろう桜を、ゆっくり眺めることもできず、せかせかと時間だけが水に流されていく。

 


ジーン・ケリーなんか聞きながらばちゃばちゃと、夢見心地で雨に唄って見るのも悪くはないが、
それをやるためには、ほんの少し年を取りすぎているし、見た目も生き方も普通すぎる。

 


何より、今日は靴が悪い。
普段履いてる紺色のスニーカーが、昨日の雨でぐちょぐちょになってしまったから、今日は以前履いていた白のスニーカーを、緊急再登板させている状態なのである。

 

 

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紺色のスニーカーは、去年の晩夏に購入したもので、つい最近、右足の裏に亀裂が入ってしまったのだ。
それゆえ、右足だけとはいえ、水が入り込んでしまって、具合が悪い。

 

だがしかし、今日履いている白のスニーカーは、それ以上に穴だらけである。右足も左足も、最寄駅に到着するまでの間に、侵されてしまった。

 

 


駅に着いてから靴下を履き替えたが、すでに靴それ自体が敵の手に渡っている状態であり、靴下を変えるなどというのは、なんの悪あがきにもならなかった。

 


そういうわけで今 ーつまり、15時45分現在ー 、僕の足はかなりふやけている状態なのである。

 


春雨じゃから濡れて行こう、とは古人の風流であるが、残念ながら、本日の雨はなかなかに、冷たい。

なんぼ春雨言われましても。

 


早く夏にならんかな、と思う。
嫌いな季節はひとつもないけれど、どうしても夏を贔屓してしまうのだ。

 


でもそれは、これまでの夏がずっと、楽しかったり、素晴らしかったり、そんな季節だったからだろう。

 

僕にはもう二度と、夏休みという時間は訪れないのであるから、夏に対してのイメージだって、変わってしまうかもしれない。

 

 

夏休みはもう二度とこないし、夏はあと50回くらいしかこない。

春も秋も、冬だってそうだ。誰しも人生のリミットは、そう遠くない。

 


死んだらどうなるのかなと、考えて考えては、答えが出ないで怖くなってしまいますね。

 


季節の話からここまで飛んでしまうかねぇ。物凄くありきたりで、どこまでもいつも通りな僕です。

 


夏なら、靴も乾いたのになぁ。

4月5日に、桜の力を感じた話

 

お休みだった。勤も務もないおやすみであり、例によって、10時過ぎまで眠っていた。

本当は、今日も明日も務がある予定だったので、二日とも空けていたのだが、急遽なくなってしまったのである。

 


務がなくなったはいいものの、収入まで無になっては困るので、一応明日は予定を変えて、バイトのシフトを入れてある。
今日も入れようと思えば入れられたのだが、少し体力的に厳しいものもあり、やめた。

 


酒場大喜利の翌日、二日酔いはほとんど無くて、快適に社会生活を送っていたのだが、どうやら疲労はしっかりと蓄積されたようで、僕は今、相当疲れ切っているのである。

 


どれくらい疲れているかというと、部屋の回転椅子で一周半ぐるぐるしただけで、目眩と吐き気に襲われ、動けなくなったくらい。三半規管も言うこと効かん。

 


そもそも、なんの意図もなく回転椅子でぐるぐるしてしまうような精神状態だ、くるってる。

 


たかが8時起き、10時〜19時のバイトごときで、こんなにも疲弊しているのだから、おそらく僕は、根っから社会人向きでないのだろう。働くみんなに感謝、幸あれ。

 

 

10時過ぎに起きて、雨戸を開けた。開けた途端に、目が痒くなった。花曇りだったが、雨は降っていなかった。

 


階下に降りたら、母が出かける準備をしていた。今日はヨガに行くらしい。
一昨年、愛犬が亡くなってから、母にはかなり自由な時間が増えた。

 

 

昨日の晩御飯が残っていたので、レンジでチンして食べた。
物足りなくて、冷凍の唐揚げ3つ食べたことを懺悔しておく。胡椒とマヨネーズがよく合った。

あと、カップのスープも飲んだ。ハムも食べた。食べ過ぎだ、断食の記憶はどこへいった。

 

 

 

12時前くらいに出かけて、市役所に行く予定だった。年金納付関係で、聞きたいことがあったからだ。

出かける前に調べると、正午から12時45分まで昼休みらしく、待機を余儀なくされてしまった。

 

 


11時半くらいからずっと、ジャンプ+で漫画を読んでいた。
ムヒョとロージーの魔法律相談所。

読み切りから連載終了まで、欠かさず読んでたなぁ・・・久しぶりに読むと、やっぱり面白い。ビコがかわいい。

 


無料の分全部読み終わって、所持ポイント分も読み終わった時点で、13時を回っていた。西義之に、随分とスケジュールを狂わされてしまった。

 

 


13時20分くらいに、市役所へ着いた。駐輪場所がわからず、ウロウロしてしまった。結局、駐輪場所は地下だった。

エレベーターに乗って2階へ。

 

納税課みたいなところに行ったら、ここじゃないと言われて、1階の年金窓口に連れて行かれた。
案内してくれた職員の、愛想が悪すぎた。

しかし、地下から階段を使ってたら、カロリーを無駄に消費するところだ。危ない危ない。

 

 

 

相談は、5分足らずで終わった。
おじいさん担当者で、正直不安だったのだが、話が通じるし、分かりやすく説明してくれるし、助かった。
亀の甲より年の功だ。あなたみたいなお役人ばかりならなぁ。

 

 


13時半過ぎには、市役所を出られた。

 

地元の文学館に行きたかった。
僕の好きな俳人を、記念したものである。

文学館の入り口まで着いて、二の足を踏んだ。
入館料は500円、せっかくのお休みに一人で行くところか?、と。

 

悩みに悩んだ末に、やめた。また道後の相棒とでも、行くことにする。

 

 

 

原付のガソリンを入れて、帰路に着いた。
途中、川原通りを北上していると、花見に興じる人たちがたくさん目に入った。

まだ桜は六分咲きくらいだというのに、えらく陽気に楽しんでいる。明後日から雨だってことを、知っているからだろう。
今年は、満開の桜は見られないかもしれない。

 

 


そこで、ふと思い立った。
「そうだ、花見をしよう」と、思ったのである。

僕はお休みのたびに、今日という日をオッケーにするための策を考えるのだが、14時前になってようやく、本日の策が固まったのである。

 


原付の方向を変えて、地元の和菓子屋に立ち寄った。桜餅と草餅と、ひとくち羊羹を買って帰った。640円だった。
文学館より高くついたけど、僕のお休みは、もうこれでオッケーなのだ。

 

 


帰宅して、お湯を沸かす。緑茶を淹れようと思ったのだ。
お湯が沸くまでの間に、お茶っ葉を探したのだが、残念ながら見つけることができなかった。

どうやら僕が買った嬉野茶は、すでに飲み切られてしまったらしい。
仕方なく、ペットボトルの緑茶を湯飲みに移し、チンしてボトルに注ぎ直した。

 


それから、酒だ。こっちもお燗にしたいところだが、時間が勿体無いので、諦めた。
一升瓶片手に・・・と思ったが、周辺住民の目を気にして、やめた。
小さい空のペットボトルに、半分くらい注いで、持参した。

 

適当なアテがなかったので、また唐揚げをあたためた。
スープのカップを洗って拭いて、そこに唐揚げを入れて、三重くらいラップした。ひっくり返したりしたら、つまらない。

 

 


この時点で、僕の気分は相当アガっていた。
トドメとばかりに、僕は服を脱いだ。生まれたままの姿だ。

 

 

 


とはいえ、全裸で花見に向かったわけではない。まだ酒は飲んでいない。

着物に着替えたのだ。
落研時代、最初に買った安物の濃紺。洗濯機でも、洗えるやつだ。

 

 


これで、準備万端。
雪駄をチャッチャと言わせながら、桜の名所へ向かった。歩いて10分くらいの距離だ。

 

 

 

 

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写真のように、座を広げた。敷物を忘れたので、手ぬぐいで代用した。

 

 

 

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川原と同様、こちらも桜は六分咲きくらいだった。

 

 

ご機嫌で桜餅を食べていたら、通りかかったおじいさんが、怪訝な顔でこちらを見ているのに気づいた。
道路に面した坂道だから、結構人通りも多いのである。

そりゃあ、着物の若い男が、平日の昼間にこんなところにいたら、怪訝な顔もしたくなるだろう、気持ちはよくわかる。

 


ただありがたいことに、僕の周りのお茶やら菓子やらを見て、
「ああ、花見か」
と察したように、通り過ぎて行く。

 


おじいさんだけでなく、他の通行人も、同様であった。
ばかりか、ついには通り過ぎてから、
「若いのに風流だなぁ」
なんて、会話を交わす声すら聞こえてきた。少しこそばゆかった。

 


と言うか、冷静に考えて、なんにも風流じゃないのだ。
僕はもう社会人だと言うのに、平日の明るい時間から、一人で着物きて、お菓子食べて、お茶飲んで、唐揚げ食べて、酒飲んでるのだ。道で。
はっきりいって、ちょっと悲しい人である。

 


だと言うのにみんな、納得したような表情で去って行く。警察に通報するとか、注意してくるとか、そんな人は一人もいなかった。

 

なぜなら、花見だから、だ。
僕が花見をしているという、ただそれだけの理由で、みんな納得してくれるし、悲しい人である事実を忘れてくれているのである。

 

桜の力を感じた。初夏じゃあ、こうはいかない。
(実際、いかなかった。みんな避けて通ってた。)

 


少ない兵糧が、すぐ無くなってはつまらないので、本を持参して読んでいた。

 

 

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村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』。

僕は村上春樹が、特別好きというわけでもないのだけど、
なぜだかこの場所で本を読む時は、村上春樹がちょうどよく思えるのである。名前のせいでは、ないと思う。


それが証拠に、確か去年の桜の頃にも、ここで村上春樹を読んだのだ。
品川猿』だった。
(僕は長編があんまり好きじゃないので、短編集ばかりを読んでいる。)

 

 


平日の明るい時間に、
着物の若い男が、
茶を飲み、
和菓子を食べ、
酒を飲み、
唐揚げを食べ、
村上春樹を読んでいる。

 


どう考えても、ヤバいやつだ。
町内に一人、それもいるよりはいない方がいいタイプの人だ。

というのに、許される。
全部全部、桜のおかげである。ありがたい。

 


去年の今頃、ここで村上春樹を読んだ時には、
「来年の今頃は社会人で、もう家を出ているだろうから、この桜は見られないだろうなぁ・・・」
なんて、思っていた。

 


全くそんなことはなかった。まだまだ僕の未来は不透明であり、おそらくこの桜が新緑に変わっても、まだこの街でウロウロしているのだと思う。

 

六分咲きの桜を眺めながら、
「早いこと咲いてなぁ」
と、語りかけた。酒の勢いだったが、声はそんなに大きくなかった。

 

桜に言ったのか、自分に言ったのか。
いずれにしても、雨風に散らされないでくれ、と願う。

 


『アイロンのある風景』まで読み終えて、本を閉じ、草餅を食べ、最後の酒を飲み干した。

 


後片付けをして、家路に着いた。

後ろの方で、桜が風に揺れるのが聞こえた。

 

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4月4日に、削れたMPの回復を試みた話

 

MPが足りないな、と思った。

 

 

きっかけは、午前中の仕事の成績が悪すぎたことだ。
どんなに頑張っても成績が上がらないし、何をやっても裏目裏目だった。

 


たかがバイトだから・・・とは思うものの、僕はこう見えて真面目な性格だから、なかなかどうして手を抜けないのである。

 

 

訂正)見ての通り真面目な性格なので

※あなたから見た僕像に近い方を採用してください

 

 

 


マジになって本気になって、成果を上げようと頑張ってしまうのだが、
頑張れば頑張るほど、目は裏に回ってしまう。丁と張れば半、半と張れば丁という具合。

 


「あー、こりゃダメだ。今日はこれ、ダメな日だ」

と、12時前くらいの時点で悟っていた。

 

ダメな日はダメ、いくら頑張ったってダメなのだ。そういう日がある。

それが理解できない奴に、博打はできないぞ。
したことないけど。

 

 

ただまぁ、理解できることと諦められることとは、また違う。

 

「今日はダメな日なんだなぁ、仕方ない」
と思うのと、
「今日はダメな日なんだなぁ、かなわんなぁ、やだなぁ・・・」
と思うのとでは、天と地と真と理くらいの差がある。

 


僕の場合、後者なのだ。やだなぁやだなぁと、淳二くらい呟いてしまうのである。
淳二というのは言うまでもなく、あの淳二のことだ。

 


淳二・・・ではなくて僕は、なかなかこう言うダメな日に、うまいこと気分に切り替えられないタイプなのである。

 

そればかりか、そう言うダメな日の気分を翌日以降にも引きずってしまって、何か自分を安心させるような出来事を挟まないと、元に戻すことができないのである。

 


気分転換が苦手、と言えれば簡単であるが、問題はもっと根深い。
そうなんです、とにもかくにも、僕は相当ネガティヴで、気にしいなのです。

 

 


残念ながら、見た目がそう見えない(能天気で何にも考えてない風に見えるデブだ)から、かなり損をしていると思う。ほんとに。
この辺の悩みは、棚卸しのおにいさんと共有できそうです。あの人の場合、ちょっと見え方のベクトルが違うだろうけれども。

 

 

そんなわけで帰り道、僕はヘトヘトに疲れ切っていた。
イヤホンを装着して、聞こえてくる音楽の歌詞が、何一つ心に届いてこないくらいに、ヘトヘトであった。

 

 


MPが足りないな、と思った。電車の窓の向こうを、知らない家がたくさん走り去っていた。

 


なんでHPでなくてMPだったのか、自分でもよくわからない。
だけどなぜか僕の頭には、
MPが足りないな、と言う言葉が浮かんでいたのである。

 


十三を超えたくらいで、回復しなければいけない、と思った。
僕はイヤホンから聞こえる音楽を拒否して、ミュージック機能を停止した。

それから、フォルダを取り替えて、延々と、大好きな出囃子を聴き続けていた。


落語を、じゃない、出囃子を、聞いていたのである。

 

 


出囃子は奥が深い。
歌舞伎や踊りの地囃子であるとか、長唄端唄の一節とかを、噺家の出のためだけに編集し直して、演奏されるものである。
1曲、だいたい1分弱。長くても、2分半もあれば終わってしまう、短い短い、短い至福。

 


大好きな師匠や、かつての名人たちの出囃子を聴いているとき、もはやそこには彼らがいて、僕はその世界にひたすら浸っているのである。

 見たこともない名人上手が、下座から高座へ上がる姿を想像して、僕はその、間に合わなかった世界の甘美に、目を閉じて想いだけを巡らせる。

 

 

最寄駅についたとき、またフォルダを変えて、久しぶりに、ゆっくりと落語を聴いていた。
そう言えば近頃、忙しくて、ゆっくり落語を聴く時間すら、取れていなかったと、気づいた。

少し、びっくりした。

 

 

 

 

駅から家までの30分弱、僕の耳元で確かに、江戸と上方の世界が広がっていた。


音の世界というものは、ひょっとすると視覚の世界以上に支配的で、無限的ではなかろうか?

 

音楽と絵画が最強の芸術だけれど、やはり僕にとって最高の芸能は、落語以外にないのである。

 

 


家に着いて扉を開けるくらいに、ちょうどバレ太鼓が鳴り響いていた。

デテケデテケという太鼓に背中を押されて、家の中に入った。

 

さすがにMP全回復とはいかなかったけれど、明日も僕は多分頑張れるし、何があっても僕はずっと、落語が好きで仕方ないんだろうな、と思った。

 

 

早く一人前になって、お金持ちになって、たくさん落語を見に行きたいな、と思った。

となるとどうやら、MPよりも、ゴールドが足りない。

 

100両欲しい、100両欲しい。

ちょっとあんた、どんな夢見たん?

 

4月3日に、心機一転してしまう話

 

日本酒7合も飲んだので、相当ひどいだろうと覚悟していたのだが、思いの外、二日酔いは軽かった。

たぶん途中で、牛乳とコーヒーを挟んだからだと思う。

 

「アーーッ!悪酔い防止のために事前に飲んでおこうと思った牛乳を、すっかり忘れていたぁーー!」

 

と、そんなに注目されてないところで、一人叫んでいた。すでに相当酔っ払っていた。
でんちゅうさんだけ、お愛想で笑ってくれていた。

 


牛乳のおかげかなんなのか、目覚めてすぐのムカつきは思ったほどではなく、あくびが普段より大きい程度の被害に収まっていた。

 

 

お勤めなので、例によって8時15分頃、家を出た。

(このブログをよく読んでくれるあなたは、もうそろそろ僕の生活リズムがつかめてきたことでありましょう。)

 


少し引いちゃうくらい、いいお天気だった。
昨日から、上着を春用のものに変えているのだが、それでも十分あったかいくらいの日差し。

花の咲くような、例のたくあんみたいな匂いがして、なんとも言えない気分になってしまう。

 


僕は春の「心機一転」ムードが嫌いなんだけど、
否が応でも心機一転しないといけないような、そんな感じの生ぬるい陽気だった。

 


僕は何にも変わってないのに、世界は変わってしまうのねぇ。

僕の友人たちは今頃、東京やら大阪やら名古屋やらの大きな会社で、入社式なりなんなりに出席しているのだろうと思うと、

俺は何をやってるんだろうなぁ・・・と、また情けなくなってくる。

 


自分をなんとか保ちたくて、出囃子音源を聴きながら歩いていた。
今は耐える時期なんだな、と思う。いろんなことに。

耐えられないわけないのです、10年耐えてきたことなのですから。

 

 

気がつかぬ間に、どうやら僕も心機一転していた。

 

頑張るしかないなぁと思っているうちに、もう最寄り駅は目の前だった。

新社会人らしき人たちをたくさん見つけて、またげんなりする。

 

けれど、仕方ない。大切なのは、心まで貧しくしないことだ。

30年かけて大逆転するために、今日がまず最初の一転なのである。

 

 

何言ってんだ。