4月3日に、心機一転してしまう話

 

日本酒7合も飲んだので、相当ひどいだろうと覚悟していたのだが、思いの外、二日酔いは軽かった。

たぶん途中で、牛乳とコーヒーを挟んだからだと思う。

 

「アーーッ!悪酔い防止のために事前に飲んでおこうと思った牛乳を、すっかり忘れていたぁーー!」

 

と、そんなに注目されてないところで、一人叫んでいた。すでに相当酔っ払っていた。
でんちゅうさんだけ、お愛想で笑ってくれていた。

 


牛乳のおかげかなんなのか、目覚めてすぐのムカつきは思ったほどではなく、あくびが普段より大きい程度の被害に収まっていた。

 

 

お勤めなので、例によって8時15分頃、家を出た。

(このブログをよく読んでくれるあなたは、もうそろそろ僕の生活リズムがつかめてきたことでありましょう。)

 


少し引いちゃうくらい、いいお天気だった。
昨日から、上着を春用のものに変えているのだが、それでも十分あったかいくらいの日差し。

花の咲くような、例のたくあんみたいな匂いがして、なんとも言えない気分になってしまう。

 


僕は春の「心機一転」ムードが嫌いなんだけど、
否が応でも心機一転しないといけないような、そんな感じの生ぬるい陽気だった。

 


僕は何にも変わってないのに、世界は変わってしまうのねぇ。

僕の友人たちは今頃、東京やら大阪やら名古屋やらの大きな会社で、入社式なりなんなりに出席しているのだろうと思うと、

俺は何をやってるんだろうなぁ・・・と、また情けなくなってくる。

 


自分をなんとか保ちたくて、出囃子音源を聴きながら歩いていた。
今は耐える時期なんだな、と思う。いろんなことに。

耐えられないわけないのです、10年耐えてきたことなのですから。

 

 

気がつかぬ間に、どうやら僕も心機一転していた。

 

頑張るしかないなぁと思っているうちに、もう最寄り駅は目の前だった。

新社会人らしき人たちをたくさん見つけて、またげんなりする。

 

けれど、仕方ない。大切なのは、心まで貧しくしないことだ。

30年かけて大逆転するために、今日がまず最初の一転なのである。

 

 

何言ってんだ。

4月2日に、久々でハメを外した話

 


物悲しくなったまま、最寄駅に着いた。
金券ショップで、新福島までの切符を買った。60円くらい浮いたのだけれど、途中で木村屋のアンパンを買ってしまい、結局マイナス精算になってしまった。


改札の前に、たくさんの人がいた。
こういう時はだいたい、電車が遅れたり、止まったりしている時なので、少しどきっとする。

 

案の定、電車は遅れていた。南海高野線の人身事故によるものらしい。

 


幸い、大阪方面へ向かう電車は、ほとんど時間通りに動いていた。
それでも、ちょっと不安なので、一本早い高槻行きの普通電車に乗って、尼崎で乗り換えた。


東西線に乗るのは久しぶりだった。
一時期諸事情あって、よく大阪天満宮へ通っていたから、それ以来ということになる。
新福島で降りるのに、少し違和感を覚えたりしていた。

 


13時15分くらいだった。受付開始まで、まだ少し時間があったので、ジャンカラ近くのファミマまで歩いて、用を足すことにした。

 


途中、なんか煙たいな、と思った。
左方、高速道路の入り口方面を見ると、明らかに尋常ないくらいの白煙が上がっていて、
ああ、火事だなぁ・・・と思っていた。

 

僕には関係ないさとばかりに、ファミマまで歩いた。消火も大変だろうけど、僕の消化も結構厳しい状態だったのだ。

 


「ご自由にお使いください」
という、トイレの上の掲示が嬉しい。勇んで扉を開けたけど、サニタリーみたいな匂いが蔓延していて、閉口した。

 

 

用を足して表へ出たら、白煙はいよいよ勢いを増していて、福島駅周辺を思い切り包んでいた。

時計を見ると、13時22分。
まだ時間あるな・・・と思って、煙の出所まで歩くことにした。
火事場見物野次馬根性、当事者じゃないから、楽なもんだ。

 


煙の方へ歩きながら、
「馬鹿野郎、他人の家が燃えるから火事ってんだ!自分ちが燃えたら、災難だろう!」
という、家元の言葉を思い出したりしていた。

 

 

途中でサイレンが消えたから、もしかしたらと思ったら、案の定、すでに火は消し止められていて、ちょうど野次馬がバラバラと帰り去っていくところだった。

 

少しでも残念と思ってしまう、僕の心はかなり汚い。
でもまぁ、鎮火してよかったなぁ・・・と思っていたら、夢雅一片さんを見かけた。難しい顔をして、会場の方へ向かっていく、その背中を見送った。

 


余計な遠回りをして、13時40分くらいに、会場入りした。
受付に、すかいどんさんと、永久保存さんがいた。
関わりの多寡はあっても、少しでも知ってる人がいると、やっぱり安心する。

 


2階に、知らない人やら知ってる人やら、たくさん集まっていた。
僕は本当に挨拶が苦手で(恥ずかしくなってしまうのだ)、しょっぱいパンさんなんかとお話しながら、流れで、虎猫さんに挨拶させてもらったりしていた。

 

酒も飲まないうちからやかましくしていたのは、不安の裏返しと照れ隠しなので、どうかご容赦願いたい・・・。

 

 


しょっぱいパンさんに、パンさん主催の大喜利会にいけなくてごめんなさい、と謝った。
それから、昨日の一日をどう過ごしたか伝えると、

「60%の楽しい日じゃないかー!」

って言われた。あの口調で。
なんか、こういうのが幸せだなぁ、と思った。

 

 

飲み放題じゃないというのもあって、初めからずっと、日本酒を飲んでいた。お腹に冷凍のお好み焼きしか入ってなかったので、回るのがとてつもなく早かった。

 


はじめ2階で、大喜利の方に参加させてもらっていた。
せっかく酒場で、酒を飲みながらだというのに、僕はつくづく、枠からはみ出した回答ができない。

強さであり弱さだと思うのだけど、今回の場合は、ほぼイコールして弱さだ。

 


滑ったのが恥ずかしくて、
「誰かフォローせんかい!」
なんて、叫んでいた。ただの八つ当たりだし、ほとんど初対面の人からしたら、無礼もいいところだ。

反省してるので、許してほしい。許さんかい!

 


たしか10個くらい回答して、1つだけ受けたんだと思う。
その一つだけのおかげで、こんな素敵な景品がもらえたのは、本当にありがたいことだ。神社に参った甲斐があったというものだ。

 

 

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「冬将軍の倒し方」
というお題における、DBJoeさんの、
「糸偏をつける(糸冬→終)」
という回答に感嘆した。

うまいっ!!と叫んでしまった。もうあの人には勝てない。ドリンク券くれたし。

 

 

しばらくして、席替えをすることになった。
字面だけ見ると合コンみたいだけど、実際は3階のモノボケ・交流コーナーに移動したので、合コンみたいなことは何一つなかった。

 


モノボケしたり、ネタを見たり見てもらったり、色々したんですけど、個人的には、

 

辞書片手に持って、もう片手にナイフ持って、頭に洗面器かぶって、
ゾンビ映画にゲスト出演した金田一先生」


ってボケられたのが、一番嬉しかった。自分で楽しかったもん。

 


あとは、店のギター弾いて遊んでたりしてた。
端的に申し上げて、大喜利にしてもネタにしてもモノボケにしても、今日の僕はひたすらに「雑」だったな、と思う。

 

酒って怖い。

 

 


17時前くらいに、日本橋Ups大喜利出演者・観覧予定の人々が、ぞろぞろと帰っていった。
帰り際、永久保存さんが、僕と脳髄筋肉さんの贅肉を揉んでいた。
酒の上、酒の上。

 


残ったメンツで、17時半くらいまで延長戦。終盤、下ネタと拙回答が飛び交う中、ちゃんと面白いこと言ってた参加者のみなさんはすごい。
横で田んぼマンさんが、めちゃくちゃ面白いこと言ってて嫉妬した。

 

 

宴たけなわということで、二件目目指して歩き始めた。

棚卸し代行ハウスさんと僕が、同じ店を想定してみんなを先導していたのだけど、
店舗改装工事中で、中に入ることすら叶わなかった。

 

 

仕方なく、福島駅近くの居酒屋にしけこんだ。
僕は相当悪酔いしていて、色んな人に迷惑をかけていたと思うのだが、相当悪酔いしていたので、どの人にどんな迷惑をかけたのかすら覚えていない。

 


チラッと財布を見たら、野口が一人しかいなかったので、慌ててコンビニまで走った。
お金をおろそうとしたら、僕の前で、可愛い女の子がモタモタとATMを操作していた。

 

近くにあったドラえもんに手を伸ばして、立ち読みしながら待ってると、振り返った彼女が、
「あっ・・・すみません、先に使いますか?」
と、言ってきた。声も顔もかわいかった。

 

ありがとうございますと言って、お金をおろした。
酒を飲むと甘いものが食べたくなる僕は、ソフトクリームを買って食べた。

 


店に戻る途中、先に帰る方々に遭遇した。
「僕はお金をおろしたついでに、アイスを買って食べてます!」
と、謎の宣言をしていた。
つまらないのに、みんな笑ってくれてて、ありがたいなぁ、と思った。これが愛っすね。愛す。

 


店に戻ったら、みんなもう表に出てきていて、三次会に行きますか?どうしますか?なんて、話し合っていた。

 


僕は三次会にも行きたかったのだけど、悪酔いしてたし、明日はお勤めだし、お金はあんまりないしで、
棚卸しさんのお誘いを泣く泣く断り、帰ることにした。

 


皆さんと別れて、新福島から普通電車に乗って、グースカ寝ながら帰った。
スピッツの『流れ星』を、リピート再生していた。

 


ふと目が覚めて、どこの駅や?と目をあげると、僕の最寄駅だった。
慌てて飛び降りた途端に扉が閉まり、ちょっとした奇跡だなぁ・・・と、一人で感動していた。駅員は、僕を白い目で見ていた。

 


最寄駅からバスに乗って、何度も大きなあくびをしながら帰った。
『海の見える街』を聞いていた。

そういえばシャリさんと、まったくもののけ姫の話ができなかった。

 


気づいたら最寄りのバス停まで帰ってきていて、星空を見上げながら、帰路を歩いた。
三日月が綺麗だった。

 


神棚のお酒を新しいのに替えて、風呂に入って、コーヒーを飲んだ。

それから寝巻きに着替えて、今に至っている。

 

 


寝床に入ってから、はや1時間近く。
ブログの更新のために、眠い目をこすり、充電の少ないiPhoneをいじりながら、フリック入力を続けている。

 


承認欲求が強すぎて、すぐツイッターで、凹んでるようなことを言ってしまうけれど、
こんなブログを楽しげにかけるほど、僕は今日という1日を満喫したのである。

 


しょっぱいパンさんにつたえたら、
「100%の楽しい日じゃないかー!」
って言ってもらえると思う。

いや、パンさん実際にいたし、伝えませんけど。

 

 

珍しくブログに、特定個人の名前をたくさん出した。
僕が酔っ払っているからだ。
酔っ払っていなかったら、ここまで詳細なブログは書かない。南草津の時もそうだったでしょう?

 

 


酒はいいものだなぁ・・・と、独りごちている。


僕の中の書きたい僕が、そろそろいいと言っているので、ここら辺で入力をやめて、重たい瞼を閉じようと思う。

 


それより先にまずは、この画面を閉じることから始めましょう・・・。

4月2日に、季節の移ろいを感じて寂しくなった話

 

連休なんて、随分久しぶりな気がする。
勤が休みなら務があって、務がない日は勤があるから、なかなか休休と続かない。スケジュールはキュウキュウ、休みはナインナイン。

 

 

真昼間に書いてるとは思えないテンションだね。

 

 


年度末は、何かとバタバタしていた。


これまで僕が勤めてきたバイト先は、あんまり年度替りとは関係のない職場ばかりで、むしろ大晦日や節分といった時期の方が、大変に忙しかった。
飲食店のバイト風情なんて、たかだかそんなものだ。


いまの職場は営業職なので、節分が忙しいということはなかろう。
節分に忙しい営業職なんて、寿司屋か豆屋の販促くらいだ。


そんなわけで、年度末が忙しいという経験を、今までしたことがなかったので、かなり疲れてしまった。
普段と違うことって、あんまりするべきじゃない。

 

 


年度末の仕事が終わって、派遣会社にタイムシートを提出してから、JRで最寄り駅まで帰った。
普段は阪急なんだけど、今日はJRの某駅で、旧友と待ち合わせをしていた。


成人式以来の友達と、去年の夏以来の友達。どちらも、小学校以来のお友達だ。

20時半から、1時ごろまで、魚民で飲んでいた。色んな話をした。
このブログで書いた意味の話とか、このブログには書いてない、神様の話とか。

 


僕が酔っ払って、自分の好きなことを好き勝手話しても、彼らはちゃんと聞いてくれた。
その上、僕のめちゃくちゃな論に対して、彼らなりの解釈や、回答を示してくれた。楽しかった。

 


結局僕は、「考えのあるひと」が好きなんだな、と思う。

カッコよかろうと可愛かろうと、
面白かろうとうまかろうと、
自分の考えや哲学がない人は、嫌だ。好きになれない。

いま、酔っ払ってこれを書いてるから、余計にそう思う。
たぶん明日の朝、シラフの僕は、そこまで考えないのだと思う。

 

1時まで飲んで、歩いて帰った。少し、雨が降っていた。
ダイソーで買った傘は、電信柱にぶつかったときに、破れてしまった。

 

 

 


4月1日は、お休みだった。
せっかくのエイプリルフールだったけど、1時まで飲んでたのもあって、10時半までぐっすり寝てしまった。

朝ごはん食べて、テレビ見てるうちに正午を過ぎてしまい、結局、嘘らしい嘘をつくことができなかった。

ただ、嘘ついたって反応してもらえるほどの人望が、僕にはないのも事実。これが嘘ならいいのに!

 

 

 

ツイタチはそう言うわけで、ずっとゴロゴロしていた。一日中寝間着を着ていた。
履正社が負けて残念だった。阪神が負けたのが、未だに信じられない。

 


ギターを弾いたりしていた。酒焼けしていたので、歌はほとんど歌えなかった。

 


何にもしてないのに、気づいたら17時を回っていて、外から夕焼け小焼けが聞こえてきていた。
「ああ、ダメな方の一日だな」
と思った。

 


夜、日課の神社参りを果たすために、ようやく着替えて、家の外に出た。

「4月2日 花祭り開催 12時より」
と言う張り紙があったので、その時間に家を出ることにした。

お風呂には、入浴剤を入れた。紫色だったけど、なんのお湯なのかはわからなかった。

 

 


2日。またしても10時半に起きた。
6時と8時にも目が覚めたのだけど、オシッコして、また寝た。

朝ごはん食べて、出かける準備(モノボケ用のモノとか)して、ギター弾いて、ピアノ弾いて、出かけた。

 

 

これで珈琲なりフレンチトーストなりがついてきたら、割と優雅な朝だったんだろうけど、朝ごはんは冷凍のお好み焼きだった。

 


12時前に家を出て、神社に立ち寄った。
高校生がお茶をたてたり、和楽器を弾いたりしていた。春だなぁ、と思った。

 

 

参拝を済ませて、JRに向かった。
くるりの『o.A.o』を聞いていた。


岸田繁の声を聞きながら、
「春って、割と物悲しい季節だよな」
と思った。

 

 


春というと、心機一転とか、新生活とかいう、結構明るいイメージがつきがちだけれど、
実際は、別れと始まりの綯交ぜみたいな季節で、いつもの坂道を下りながら、なんだか寂しい気持ちになったりしていた。

 


季節が変わるんだな、と思った。
季節も、街も、生活も、人も、変わってしまうのだと思う。

一昨日酒を飲んだ旧友は、もう東京へ行ってしまった。明日には、初出勤を控えているらしい。

 


僕は何をしてるんだろう、と思う。
世間的に見たら、僕はただのフリーターでしかない。
季節の移ろいとか、哲学的思考とか、そんなことをしている暇があったら、もっともっと、大人になるための勉強をしておけばよかった。

 


情けなくなったり、遣る瀬無くなったり。
やっぱり春は、物悲しい季節なんだな、と思う。

 

 


「咲く花は夢のよう」
って、岸田繁が歌っていた。桜はまだ、蕾のままだった。

 

3月30日に、無理やりブログを更新した話

 

話術磨磨

という、大変大仰なタイトルを掲げる我がブログであるが、
正直、話術を磨いてもなければ、すべすべでもない。

ただ僕の日常やら、雑感やらを、つらつらと書き連ねているだけだし、この時期僕の手はザラザラだ。

 

ハナスベスベスベじゃない。
カキツラツラツラ、だ。書面辛辛に改題しようかしら。

 

 


とはいえ、ありがたいことに、読んでくれる人(あなたのことだ)がいるので、張り合いがある。書こうかな、という気になるのである。

なお、僕が常に、読み手を意識して文章を書いてしまうというのは、すでに過日のブログでお伝えした通りだ。

 

 

読み手がいないことには、書いていてつまらない。
もちろん、僕は自分で書いた文章を、後で自分で読むの自体好きなのだけれど、それでもやっぱり、僕以外の人に読んでもらいたいというのが、人間の承認欲求の常である。

 

 

言わばこのブログは、
文章を書きたい!という創作欲求と、
読んで欲しいよ!という承認欲求の、
両方をいっぺんに満たすことのできるツールなのだ。
素晴らしい素晴らしい素晴らしい!

 

 

とはいえ、書くのを義務にはしたくない。
書くのが好きなので、苦にはならないけれど、この手の趣味はひとたび義務になると、まぁまぁ大抵、そこそこシビアな、はてさてけったいな、なかなか愚鈍な結末に、たどり着くものである。

 

そうはなりたくないなぁ。

僕のブログがそうなってしまったら、もうおしまい。

あとは疲れ切り、クタクタになって、グダグダになってしまうだけ。
苦多苦多愚駄愚駄、だ。

 

 

さぁさぁ、もうお気付きのあなたはお気付きかもしれない。

僕は今、適当粗雑にこんなことを書き連ねて、どうにかこうにか、無理やりブログを更新しているのである。

 

義務じゃないのになんでか?

いや、そうなんですけどね。昨日、このブログ始めて初めて、読んでる人から
「更新してくださいよ」
と、言われたもんですから。嬉しくなっちゃってね、ええ、ええ。

 


読んでくれるだけでも嬉しいのに、
なんなら読んでなくてもアクセスしてくれるだけでも嬉しいのに、ね。ありがたや。

 

有難凸凹 アリガタガタガタ、
照照笑笑 テレテレヘラヘラ。



でももうちょっとちゃんと、日記を書かないといけないな、と思う。

少なくとも、未推敲のメモ書きを載せたりなんて、しなくてもいいように・・・。

3月30日に、意味についてのメモを書いて推敲せず記事にした話

前々から考えて、頭の中にあったことを、改めて書き連ねるメモ。

 

 

 

「本質的な意味」
と言う言葉があるが、世の中にある事物で、本質的に意味を持つものなんかひとつもない。

 

 

例えば、目の前に水があったとする。

 

水の本質的な意味とは何か?
時には飲み物であり、時には消火に用いられる、ある種の防災道具でもある。
人々を死に至らしめる恐ろしいものでもあり、しかしこれがないと生きていけないものでもある。

 

 


水に本質的な意味なんかない。
状況や環境に応じて、それを確認した観測者が、解釈して、意味を与えるのである。

 


消防隊員が火災現場で水を見た時と、
同じ消防隊員が食事中に水を見た時では、全く水の持つ意味が違う。

 

 


水に限った話ではなく、世の中にあるほぼすべてのものが、この論法で括られうる。

 


フグは魚だが、食べ物でもあるし、毒でもある。


包丁は調理用具であり、殺人のツールでもある。

 

 

 

「意味を見出す」
と言う言葉も間違い。見出すという表現は、
「その事物が本質的な意味を持っていて、それを見つけ出す」
というようなニュアンスを孕んでしまう。

 

 

世の中に存在するもので、意味を本質的に伴っているものなんて、ひとつもない。
ただ、観測者が、解釈して、意味を与えるのみ。見いだせる意味なんてない。

 


みんなに愛される大スターも、ある殺人鬼からすれば獲物に過ぎない。
あなたが大好きなあの人は、僕にとっては大嫌いな動物かもしれない。

 

70億が共有しうるような「意味」なんて、ひとつもない。

 

 

 

意味は解釈して与えるものだから、本質的な意味なんて、考えるだけ無駄。

 


だからおそらく、馬が合う人というのは、
「意味の与え方が似ている」
人だ。同じ、ではない。
全く同じ意味の与え方なんて、たぶんできない。

 


そして加えて言えば、意味の与え方の最大公約数を探すことが、生きる手がかりだ。

 

 

この言葉の羅列に、意味はない。読んだあなたが解釈をして、意味を与える。

 


意味がないという意味すら、与えないと、意味がない。
これはメモ、だというのが、僕の与えたこの文章の意味。

 

 

 

ところで、文章って、どういう意味だ?

3月29日に、寝坊について考えた話

 

このブログでも度々書いているので、ご承知の方はすでにご承知だろうが、僕はよく寝坊をする。


家を出る時間の10分前に起きる、なんてまだ可愛い方で、学生の頃は
「1限に出る予定が、起きたら2限終わりの時間だった」
というようなことも、度々やらかした。


なんでだろう、と、考えるわけである。
「前日、酒を飲んでいた」とか、
「夜、寝るのが遅かった」とか、

そういった法則性がないから、考えてしまうのだ。


4時に寝ようと、7時に起きられることもあったし、
日付が変わる前に寝ても、12時過ぎまで起きられないこともあった。


目覚ましが鳴らなかったという可能性も、考えたことがあるけれど、
「次回スヌーズまで あと1分12秒」
とかいう表示を見る限り、どうもそうではないらしい。


そういえば一度、docomoショップに別件で行ったら、
iPhoneの目覚ましが鳴らなくて、仕事に遅刻した!どうしてくれる!!」
と怒鳴る人の前で、目覚ましが鳴るのを見たことがある。

 

いずれにしても僕は、あまりにもみだりに、寝坊をしてしまうのである。


幸い、取り返しのつかないミスをしたことはない。

 

今までで一番心臓が止まりそうになったのは、主催寄席の当日に、30分寝過ごした時だ。
本当にいまだに、情けなくて震える。西野カナに、この気持ちは分からねえだろうよ。

 

 

なんで寝坊するのか、なんとかその理由を見つけて、是正したい。
頭をひねりひねりひねると、1つだけ、心当たりが見つかった。


ズバリ、寝室が暗すぎるのだ。


僕の寝室には、暖房器具が一切ない。
なので冬になると、雨戸を閉めきり、外の光が一切入らない状態で、かつ電気を完全に消して、眠るのである。


壁掛け時計も目に見えず、携帯電話の時計機能だって、ほとんど役に立たない(目覚まし止めちゃうから。)


そしてまた、日光ほど、人の目を覚ますものはないのである。


夏の朝、寝汗をかきつつ、窓から差し込む強い日差しに、
「ああ・・・朝か・・・」
と微睡む時間は、なんとも甘美だし、加えていえば、寝坊にもならないわけだ。

 

と言うことは、僕にここまでなんども寝坊をさせた一番の原因は、季節にある、と言うことになる。
寒くなり、雨戸を閉めて寝るようになると、身体が朝を実感できず、寝過ごしてしまうのである。

 

なんだ!
じゃあ、なんの心配もないじゃないか。
季節が変われば、僕の寝坊は解消されるし、母親から、
「どうせ起きられへんねんから、目覚まし鳴らさんといて。うるさいねん!」
と、怒られることもなくなるのである。二十歳を超えて数年、情けないったらありゃしない怒られ方だ。

 


さぁこれで一安心だ・・・と、ここまで書いたところで、
「そういえば、夏休みに早起きなんかしたことないぞ」
と思い出し、途方に暮れている。

 

小中高・・・と、部活がない限り僕は、いつも昼過ぎまでグータラと寝ていたではないか。

 

それもこれも、地域でラジオ体操が実施されていなかったせいだ、と思う。そういうことにする。


そう、僕の寝坊癖は全て、地域のせい、引いては、社会のせいだ。社会のせいなのだ。


僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない・・・

 

 

 

呟きながら、床につく。
きっとろくな夢は見られないし、おそらくきっと、たぶんどうやら、寝坊をしてしまうのだろうと思う。


誰か僕のこと、起こしてくれませんか?
もし僕が起きられなかったら、それは起こしてくれなかった、あなたが悪いのです。

 

 


・・・寝言は寝て言え?


わかりました。そうします。ZZZ。

3月27日に、スプライトってこんな味だったけなと思う話

 


目が覚めたら8時ちょい前だった。
今日はお勤めだから、8時15分には家を出ないといけない。

それでも僕はあわてない。顔を洗って歯を磨いて、服を着替えれば出かけられるからだ。そんなに焦ることもない。

 

家を出たのは、8時20分だった。少しは慌てるべきだった。

 


関東では雪が降っているらしく、なるほど寒いが、昨日の雨が空気を洗ったので、空が青かったし、雲も白かった。

 


サンフジンズを聞いていた。
通勤路にいる柴犬は、いつも目を合わせてくれない。

 

 

気分が落ち込んでいる。男性にも、生理というものがあるらしい。

これは本当だ。骨盤の開閉によるものだそうだ。

 

 


そこそこ寒いというのに、最寄駅には登山客が集っていた。春と秋の風物詩。ただ、階段の下を埋めるのはやめてほしい。迷惑なので。

 


駅に着いたら、ちょうど電車もいま着いたところだったが、まだ予定の一本前なので、走り込んだりはしなかった。
近くの格安コンビニで、スプライトとほうじ茶を買った。

 


駅のベンチで飲んだスプライトは甘かった。こんなに甘かったかな、と思いつつ、2口3口と飲んだ。

 


電車が来て、乗り込んで、次の駅に着いたくらいから、ずっとお腹が痛い。
そういえば、冒頭のような次第で、用を足さずに家を出た。

 


尾籠な話。


「これはオナラだな」
って時と、そうじゃない時がある。今回は後者だ。
こういう時は、ただひたすら、耐えるしかない。降りてトイレに行ってしまうと、お勤めに間に合わなくなってしまうからだ。

 


果たして、波は去った。次の波はいつ来るのだろう。

 

 

「波が被告人をさらっていった」
という回答、絵が浮かんでほんと面白かったな。

 

 

 

あ、波。