9月2日に、熱中症特有のやつだと思った話

日常を、ありのままに記すことは危険だ。嫌なご時世である。

とはいえ、記したって障りないあれやこれやも、あるにはあるので、
そんなこんなをここに記すことで、なんとか日記の体を保っている。いやはや、兎角人の世は、である。



今日は仕事。昨日も仕事だったから、「今日も仕事」の方が的確かもしれない。

職業柄、長時間水分を摂れないことがある。
別にスポ根漫画のように、水なんか飲むな!と強制されているわけでもないのだが、
なんとなくその場の空気とかプレッシャーで、水筒に手を伸ばせないことが、よくあるのだ。


「自分の家だと思ってくつろいでくれ」

って言われても、上司の家では服脱げないでしょう?社会人って、大変ね。


この恐縮の末にあるのは、言うまでもなく脱水だ。
「喉が渇いた・・・」と思った時には、もう遅い。腐っても運動部だったから、よく知っている。

そればかりか、
「喉が渇いた・・・」と思ってもなお、飲まないのだから、結果は火を見るよりも明らか。
熱中症である。

こちとら熱中症だから、火を見る余裕なんかない。
よくわからない倦怠感に襲われて、急激に眠くなったり、腹が痛くなったりする。
電池切れの時計の気持ちというのは、ちょうどこんな感じなんじゃないかと思う。


結局毎回、お仕事が終わって、すぐさま水筒に手を伸ばし、がっつくように水分を摂る。
と、これが本当にいけない。


水分というのは、一気に大量に摂取するべきものではないのだ。
小まめに小まめに、ちょっとずつ体に入れるべきものなのである。太ってたけど運動部だったから、よく知っている。

よく知っているのに、同じミスを繰り返してしまう。
突如流入した水分に対して、身体はものすごくびっくりする。

飲み会の半ばで、来れないはずの人が来た時、みたいな盛り上がり方をする。腹は踊り、腸は笑い、うんこは跳ねる。


うんこは跳ねる。

ついこの間も、こんなことがあった。
用事があって自転車にまたがり、家を出て5分くらいした時に、猛烈な腹痛に襲われたのである。

明らかに、熱中症特有のやつだった。

 

 

熱中症の腹痛は、普通の腹痛とどう
違うかというと、

第一に、段階を踏まない。急にキューーッ・・・と痛くなる。
第二に、ほぼ起伏がない。ずーっと痛い。痛いというか、やばい。漏れそうな状態が、持続するのだ。

 

 

あの時、僕の行く道に、割と小綺麗なデイリーヤマザキがあったから良かったものの。
あのデイリーヤマザキがなかったらと思うと、恐ろしい。熱中症は恐ろしいのだ。

 



今日はその後、件の苦しみと1時間くらい戦った。
どうやら宴たけなわで、ようやく彼らも落ち着いてくれた。やれやれ。


ただもちろん、落ち着いたのは腹部の彼らだけであって、熱中症そのものは改善されていない。
経験上、こういう時は、塩を舐めないといけない。科学的根拠はないけど、塩を舐めると、なんか治った気がするから、人体は不思議だ。

 


食塩を買う為に、コンビニに立ち寄り、気づいたら、ソルティライチを買っていた。

 

 

 

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腹は二次会か!!!

 


アホ丸出しな買い物をしてしまったが、一応塩分は摂れているから、良しとしてほしい。

 

 

 


ソルティライチに加えて、飲むヨーグルトイチゴ味を買った。
いちごミルクが急に飲みたくなったのだが、売ってなかったので、妥協したのである。

 

 

 

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妥協したのである、じゃない。
飲むヨーグルトなんて、今この状況では劇薬。
なんで僕は此の期に及んで、腸を活性化させようとしているのだろう。意味がわからない。

 

欲求に正直すぎる自分が情けない。甘い、甘すぎる。

 

 

甘すぎる僕の口を、いちごヨーグルトは甘酸っぱく通過した。
思ってた通りの味だったけど、欲しかった味とは違った。

 


こんな日常を、誰と共有するでもなく、今日も生きた。甘酸っぱさも良いもんだ、と思う。

 

 


一期の思い出。

8月16日に、赤コーラを思う話

赤いし甘い。甘いし赤い。

 

 

何がって、コーラの話だ。前回と似たような書き出しだが、内容はまるきり違う。

単純に、味覚についてのお話だ。

 

 

僕はコーラのことを、色で呼び分ける。

赤コーラとか、黒コーラとか、白コーラとか呼んでるわけで、ほとんどマリオと同じだ。

 

本来はたぶん、コーラと、ゼロカロリーコーラと、トクホのコーラ、とでも呼び分けるべきなんだろうけど、色で呼ぶ方が、よっぽどわかりやすいと思う。

 

 

黒コーラが世の中に現れたのは、いつ頃だったろうか。

調べればすぐわかるのだろうが、あえて調べないで、記憶だけに頼ってみる。

たぶん少なくとも、10年は前の事ではないかな。

 

知らんけども。

 

 

黒コーラが登場するまで、コーラと言えば、赤コーラと、ダイエットコーラしかなかった。

僕はそのころからすでに太っていたので、せめてもの抵抗として、ダイエットコーラを好んで飲んでいた。味が好きだったというのもあるが、赤コーラを口にすることは、あまりなかったのだ。

 

(ちなみに、その頃は赤コーラじゃなくて、普通に『コーラ』と呼んでいた。コーラとダイエットコーラしかなかったから。)

 

 

黒コーラ登場後は、ダイエットコーラから乗り換えて、黒コーラばかりを飲むようになった。

読者諸氏は、覚えておいでだろうか。ダイエットコーラは、ちょっと甘みが足りなかったのである。

 

どちらかというと辛口で、シャープな飲み口が売りだったダイエットコーラに対し、

黒コーラは、ちゃんとコーラの甘さを十分に保ったゼロカロリー飲料だった。

 

 

ダイエットコーラは、一瞬にして駆逐されてしまって、気が付けば世の中には、赤コーラと黒コーラしかなくなっていた。

それぐらい、黒コーラの登場は、衝撃的な出来事だったのである。

 

 

以来、10年近く、僕は黒コーラばかりを、飲んで生きてきた。自販機にしろコンビニにしろ、コーラが飲みたいときは、黒コーラばかりを飲んでいた。

また、母も黒コーラの方が好きだったので、家にコーラがあったとしても、それが赤い色をまとっていることは、ほぼなかった。いや、記憶に頼る限り、一度もなかった。

 

 

赤コーラってどんな味だっけ? と思うほどに、僕は赤コーラと無縁な時間を、何年も送ってきたのである。

 

 

一度だけ、興味本位で赤コーラを買って飲んだことがあったが、あまりの甘さに気持ち悪くなってしまって、半分残して友達に譲ってしまった。

別に嫌いなわけではないのだが、どうしても口の中に、違和感が生じてしまうのである。

 

「知ってるコーラと違うぞ!」

と、味覚が叫んでいるのがわかるのだ。

 

 

もちろん、世間的に見れば、赤コーラのほうが優勢であるのは、百も承知である。

(データとか見てないから、知らないけども。)

 

だがしかし、すでに黒コーラによって調教されてしまった僕の味覚は、赤コーラの侵入を、善しとしないまでになってしまった。

冷やして、氷を入れて、風呂上りに飲んでも、それはなお、であった。

 

 

 

赤コーラについて、ひとつだけいい思い出がある。

中学時代、無人島キャンプ(学校主催の伝統行事で、5泊6日〈当時〉のキャンプを、某無人島で行う。かなりのサバイバル)から帰ってきたときのことだ。

 

兄も父も、同じ中学の卒業生で、二人は口をそろえて、

無人島帰りに最初に飲んだ、三ツ矢サイダーの味が忘れられない」

と言っていたのだ。

 

 

帰り道、駅まで車で迎えに来てくれた母に、

三ツ矢サイダーを買って、持ってきてくれ」

と、頼んでいた。

 

やがて到着した母が持参していたのは、なぜか三ツ矢サイダーではなく、件の赤コーラだった。

「寄ったコンビニの三ツ矢サイダーが売り切れてたので、これで我慢してくれ」

と、母は言った。

 

 

 

ふざけるな!!!!!!!!!

・・・と、思ったけども、迎えに来てもらってる手前、そこまでのわがままは言えない。

 

 

手に入らなかった三ツ矢サイダー

そして目の前には、そんなに好きでもない赤コーラ。

 

 

 

仕方ないかとあきらめて、口をつけたその味。忘れられない。

 

 

 

「こんなに旨い飲み物が世の中にあるのか・・・!」

 

 

 

と、確かに僕は思った。

思ったし、今でも覚えている。あの時飲んだ赤コーラは、僕がこれまで飲んだ飲み物の中で、一番おいしかった。

 

 

 

 

無人島には真水がないので、学校が本土から運んでくるのだが、

伝染病などを防止するため、すべてアツアツに沸かしてしまうのである。煮沸消毒だ。

 

煮沸消毒済みの水(というかお湯)、これを使って麦茶を作り、我々生徒は5泊6日の間、基本的に、この麦茶を水分として生きていかなければならない。

真夏に。くそ暑い中。

 

 

せめてもの抵抗として、麦茶の入ったタンクを海水に漬けたりするのだが、そう簡単には冷たくならないし、時には塩辛い麦茶になったりして、飲めない状態にすらなってしまう5泊6日なのだ。

 

 

そんな5泊6日を終えて、文明あふれる本土に帰還(我々はみんな、帰還と言ってた)し、文明の味の代表格たる赤コーラを口にした、その幸福と言ったらなかったのである。

 

 

あの時、あれだけ美味しいと感じた赤コーラ。

特売で買った1.5リットルが、いま僕の目の前に、鎮座ましましている。

 

 

 

赤いし、甘い。

甘いし、赤い。

 

 

到底、あの日僕が飲んだコーラと同じものとは思えない。

 

思い出補正があるとはいえ、多分もう二度と、あの赤コーラに巡り合える日は来ないのだろう。

あの赤コーラは、思い出の中に咲く、過去のコーラなのだ。

 

 

カコ・コーラ。

8月4日に、薬はケチっちゃいけないと思った話

赤い、赤い、赤い。

 

何がって、僕のふくらはぎの話だ。

 

 

 

仕事柄下半身、特に下腿部以下を酷使することが多く、連勤が続くと、僕のふくらはぎは悲鳴をあげることが、よくあるのだ。

 

最近ではそこにプラスして、腰痛まで発症するようになった。多分これは、煎餅布団で寝るようになった影響だと思う。

 

このままじゃいかんと思って、薬局に行った。湿布薬を手に入れるためである。

どうでもいいことだが、薬局という言葉の響きが好きだ。

 

薬局には、たくさんの薬が並んでいた。さすが薬局だ。もしたくさんのホッケが並んでいたら、ホッキョクになるのだろうか。

 

 

湿布薬のコーナーは、店内右奥隅という、ヒカルの碁で見たことあるような場所にあった。

 

湿布薬と言っても色々だ。お馴染みの貼り付けるタイプはもちろん、液体の塗るタイプ、はたまたジェルの塗るタイプなど、

「薬剤師さん、ここにきて説明をしてください」

と、言いたくなるような数のラインナップ。薬剤師はさっきから、おばあちゃんとの会話に夢中だ。

 

 

何を決め手にすべきか、店内右奥隅で、しばらく考え込む。

もちろん、効き目の強さが重要なのだが、先述のように、僕はこの湿布を、常備薬として購入したいのだ。

仕事によって得られる痛みは、仕事の度に増幅するのだから。今回一度きりのことじゃないのだから・・・。

 

薬剤師の方を振り返る。違うおばあちゃんと話していた。もうお前の力なんか借りないぞ。

 

 

「こういう場合、効き目は値段に比例するのだ」と、特に根拠もなく、頭の中で繰り返し唱えた。

 

 

1856円、35枚入りの貼る湿布を手に取り、うぬぬと眺め、棚に戻した。

1856円あれば、寿司が食べられるんだぞ。寿司だぞ。

 

 

10分ほど悩み続けて、結局僕は、かなり安手の、液体の塗るタイプ湿布薬を手に取り、レジへと向かった。

薬剤師が対応してくれた。否、俺にとってあなたは、もはやレジ打ちの人でしかない。

 

 

「安物だけど、効き目がなければ使うのをやめたらいいし、効き目があれば儲けものだ」

 

と思って、使用を始めてから、だいたい一月。

 

 

 

毎回そうなるので、そういうもんかと思っていたのだが、今回、これまでの比じゃないくらいそうなってしまったので、本文冒頭に至るのである。

 

 

 

赤いのである。ただれている。

実際に皮膚がただれているわけではないが、火傷した時のような痛みが、ジクジクと続いているのだ。

どうやら、汗に反応して、燃えるように熱くなっているらしい。

 

「風呂上がりの使用は避けてください」

 

と明記されていたが、汗もかいちゃダメなんて、聞いてない。痛い。完全に副作用だ。

 

 

これで効き目があるならそれでもいいのだが、どうも効いてすらいないようで、

焼けるような痛みが去った後、僕のふくらはぎには、いまだ筋肉痛が居座り続けているのである。

 

 

とんだ代物をつかまされてしまった。

薬はケチっちゃいけないな、と思った。

 

 

あと、薬剤師には頼らないとダメだ。たとえおばあちゃんと薬剤師が、床ずれの話題で盛り上がっていたとしても。

7月23日に、督促状がきた話

はて? と、思った。

 

郵便受けに投函されていた、電力会社からのハガキ。

 

「親展」ばかりか、「重要」とまで赤字で刻まれたそれは、

僕に「はて?」と思わせるに、十分なだけの異質物であったのだ。

 

 

ぺりぺりと、くっついた面を剥がす。

(どうでもいいことだが、ハガキやDMのくっついた面を剥がす感覚が好きだ。)

 

外も外でそれなりに異質であったが、その上、中は外にも増して、異質に赤かった。

 

「督促状」と、おどろおどろしい文字が踊っていた。

 

 

ここでもう一度、はてなぁ?と、首をかしげた。

「はて」に「なぁ?」がつくくらい、訳がわからなかったのだ。

 

 

光熱費の支払いは、すべて口座引き落としにしているはずなので、料金未納をわざわざ督促される筋合いがないのである。

 

何の間違いだろう、とよくよく文面を見てみると、

「5月分の電気代が支払われていないので、口座引き落としに移行できていません」

とのことで、腑に落ちた。

 

 

さらに、

「●日までにお支払いいただけない場合、送電を停止します」

という、恐ろしい一文すら、そこには記されていたのだ。

こうなると、はて?なんて言ってる場合でも、

はてなぁ?なんて言ってる場合手でもない。

 

 

うおおっ! と、声に出して言ってしまった。

 

 

そんなつまらないミスで、ライフラインを止められてはたまらない。増してこの灼熱のジャパンで、そんな目にあわされてたまるか。

 

 

果たして、いったい僕は、いくらぐらい電気代を支払い忘れているのだろう。

 

 

 

 

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貴様は我を愚弄するのか!!!!!

 

 

 

 

たったそれだけの金額なら、翌月の請求に加算するとかしてくれよ!

ガス会社はそうしてくれたよ・・・。

 

 

 

まったく。

たかが11円のせいで、ひどい目にあわされるところだった。

 

お金を払って明るい未来。

7月17日に、どうしようか悩んでいる話

なんとか1ヶ月以内に、ブログが更新できそうである。

 

 

である、だって。

しばらく書かないうちに、どんな文体で書いていたのかも忘れてしまった。まぁ、なるようになるでしょう。

 

 

さて、タイトルの件。

要するに、スタジオポノック作品『メアリと魔女の花』を、劇場に観に行くか否か、悩んでいるのである。

 

 

 

「気にはなるけど、他人の評価を聞くまでもなく、絶対面白くないはずなんだよ、あの映画。‬

‪だって、アリエッティにしろマーニーにしろ、米林作品、面白くもないもん。‬
金曜ロードショーなど、テレビで無料で観られる分には、まだ許せるレベルというだけで、‬」

 

 

 

と、ここまでtwitterの入力欄に打ち込んでから、

「いや、やっぱりこれは、ブログに書こう」

と、思い直した。そしていま、つらつらと、書き連ね始めたわけだ。

 

 

 

改めて、続きから。

 

 

 

過去の2作とも、米林作品ははっきり言って、ちっとも面白くなかった。

 

借りぐらしのアリエッティ』に関しては、以前から「家政婦の行動論理がわからない」と酷評している通りで、

思い出のマーニー』についても、何が何だかわからないまま終わる作品だと、ついこの間twitterに書いたばかりである。

 

(いま確認したら、

思い出のマーニーは、描きたいことを詰め込みすぎて、結局1つしか描けてないみたいな映画だ。
「1つに集約された」
というより、1つしか描けてない映画。」

と、twitterに書いていた。言い得て妙だな、自分。)

 

 

 

僕は両方とも、テレビ、あるいは図書館のDVDでしか観たことがない。

仮にこれら二作品を劇場で観ていたら、お金を返して欲しい・・・とまでは言わないまでも、時間を返して欲しいくらいは、思ったんじゃないかな。

 

家で、図書館で、ゆっくりリラックスしながら、お菓子でも食べながら、時に途中で止めてトイレにも行きながら。

それくらいの感覚で観て、初めて釣り合うくらいの価値しかない・・・と言いたい。少なくとも、僕にはそうだった。辛辣だなぁ。

 

 

各作品の悪い点、つまらない点については置いておくとして、

問題は、「なんでジブリ作品なのにこんなに面白くないのか」

ということなのである。

 

 

こんなこと、わざわざ問うまでもない。

監督が宮崎駿でも、高畑勲でもないから、である。

 

 

とどのつまり、脚本と演出がつまらないから、作品全体がつまらないものになってしまうのだ。

 

 

 

 

そして、さて、『メアリと魔女の花』、である。

 

もう一度改めていうが、面白いはずがない・・・と思う。絶対つまんないと思う。

 

そもそも、メアリにしろアリエッティにしろマーニーにしろ、ヒロインのデザインそのものがイマイチだと思うのだ。

 

もちろん、そこは個人的な好みによるのでなんとも言えないが、

同じ魔女なら、キキの方が何倍も可愛いし、萌えるじゃない?

 

 

 

そうなんですよ。そうなんですよ。

宮崎駿高畑勲の作るヒロインは、超可愛いじゃないですか!!!!

サンやナウシカは言うに及ばず、キキにしろ千尋にしろ、かぐや姫からポニョに至るまで、みーんなかわいい。

 

それは、そういう女の子をこそ、宮崎駿高畑勲が、描こうとしたからでありましょう。

彼らの萌えは、長年世界を萌えさせてきたのだ。

 

宮崎・高畑両氏の持つ変態性を、米林氏は、絶対に持ち合わせていない。

メアリ可愛くないじゃん。

 

 

 

 

個人の感想です。

 

 

 

で、です。

観るまでもなくつまらないとわかるような作品を、観に行こうか否か、僕は悩んでいるのである。

 

 

なんでって、

観てもないのにこんなにもボロカスに言うて、もしこのまま劇場に行かずに終わったら、僕、ただの嫌な奴になっちゃうじゃないですか!

 

 

とはいえ、つまらないと予想される作品のために、1500円も払って映画館に足を運ぶだけの経済的余裕なんて、僕にはない。

 

どうしたものか、どうしたものか・・・と思っていたその時。

 

 

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岸田繁の、このツイートが目にとまった。

彼がリンクした先に掲載されている記事が、以下の通り。

 

 

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小野寺系の『メアリと魔女の花』評:“ジブリの精神”は本当に受け継がれたのか?

http://realsound.jp/movie/2017/07/post-91969.html/amp

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読んで観てほしい。いやはや、気持ちよくなるくらいの酷評である。

「他人の評価を聞くまでもなく、つまらないと思われる作品」が、

「他人の酷評を聞いて、余計につまらなさそうに思えてきた作品」に、

なってしまったのだ。どうしたものか。

 

 

その金あるなら、もののけ姫のBD買いたいなぁ。

あくまでも、個人の感想ですけどね。

 

 

と、こう言う断り書きを書かないと、どこで炎上するかわからない時代。

壁に耳あり、障子にメアリ。

6月20日に、ゾッとした夢の話を少し脚色した話

一日に三度ブログを更新するのなんて、久しぶりだ。

 

 

本日三回目の更新は、二回目の更新に関するお詫びである。

 

 

「夢の話だから、本当のことを書く」

なんて言ったが、さっきの話、実は少し脚色が施されている。

 

盛ったわけではないのだが、

「ブログ記事を読んだ上で、ちょっと怖いような構成にしたい」

と思って、話の順序を多少入れ替えているのである。

 

 

今から書くのは、僕が朝、この夢を見た直後に取ったメモ、そのままである。

一切なんの脚色も順序の入れ替えもない。携帯メモのコピペである。

このメモを取った、寝起きの僕に丸をあげたい。

 

 

 

なお、メモの中には、松本人志田中直樹も出てこないが、それはメモを取ったのが寝起きだった故に、そこまで詳細に書くことができなかったから、である。

斜面のお墓についても、二人が出てきたことについても、脚色ではないので、よろしく。

 

それでは、本日はこれまで。

 

 

 

 

「ぞっとした夢の話

雨の中、原付で学校に向かっていた。

途中、ふと、お母さんの墓参りに行かなきゃいけない気がして、雨の中、お墓の近くに原付停めて、歩き出した。

でも急いでるしなぁ、遅刻しそうやしなぁ

でも、今行かないと後悔するかも、行かなきゃ・・・と思ったところで、母が存命であることに気づいた。

俺は、誰の墓参りをしようとしていたのだろうか?」

6月20日に、ちょっとした試みをした話と、ゾッとした夢の話

自分がやったことないブログの書き方をしてみようと思って、してみたのが、さっきの記事。

大風呂敷を広げて、特に面白くもない終わらせ方をするという、それこそかつてのmixiで横行していた、ひどい中学生みたいなやつだ。

 

別に全く、試みというほどたいそうな話じゃなくて、急にあなたを裏切ってみたくなっただけなのだ。

読み始めて、ちょっとはちゃんとしたブログなのかな?と思わせといて、急にあんな幕切れを迎えさせられた、あなたの顔を思い浮かべてみただけなのだ。

 

許せ、あなたよ。

 

 

 

さて、夢の話である。

 

 

夢の中で僕は、高校生に戻っていた。

9時始業の一限に遅れる!と、実家でアタフタしているのである。

 

どうやら長期休み明けらしく、

「あっ、歴史のファイル忘れたっ・・・でももう取りに戻る時間もないわ、しゃあない!」

とか言いながら、原付にまたがり、学校に急いでいた。

 

 

9時始業・原付移動というあたりに、大学時代との混濁が垣間見えるし、歴史のファイルは中学時代の必要物だ。

 

 

パラパラと、雨が降っていた。空は引くくらい暗くて、例えて言うなら、夜明け前くらい。9時始業に遅刻しそうなんだから、だいたい8時50分くらいだったろうに、おかしなものだ。夢だから。

 

 

本題は、この辺から。

 

 

苦楽園の踏切にたどり着いたくらいで、僕の目の前に、霊園が広がった。

実際、あの辺には満池谷墓地という霊園があるけれど、そういう感じのものじゃない。

 

なんというか、斜面に対して、生えるように広がる霊園だった。もちろん、現実の苦楽園に、そんな場所はない。

 

 

 

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イメージとしては、こんな感じ。

この丘が、もっと急で壁のようになっていて、たくさんの墓石が並んでいた。

 

 

雨の中、暗い雲の下、広がる霊園を見て僕は、なぜか、

「あぁ、お母さんのお墓参りをしないといけないな」

と、思った。

 

 

適当な場所に原付を停めて、霊園に向けて歩いた。

斜面には階段があって、雨の中、傘もささずに、一段ずつ登って行った。

 

雨はますます、強くなっていた。

 

階段を上る途中で、ふと振り返ったら、そんなに時間は経ってないのに、僕の停めた原付が、遥か下の方に見えた。

 

あれ? って思ったとたん、僕の両脇に、人影が二つ現れて、

「はよいかなあかんな、雨、強なってるで」

と、声をかけてきた。

 

 

 

これが怪談だったなら、絶対に本当のことは書かないんだけど、

あくまでも夢の話だから、本当に出てきた二人の名前を書く。

 

 

松本人志田中直樹だ。

 

「ほんまですねぇ、はよいかんと、ロケに遅れてもですし・・・」

 

と、松っちゃんに田中が返答していた。

絶対、この間、ガキ使を見てから寝た影響だと思う。

 

 

 

この二人がいるのに、墓参りなんかしてる場合じゃないやろうと思って、やっぱり僕は、引き返すことに決めた。

ココリコ田中の「遅れる」という言葉に、

そういえば、学校に遅刻しそうだったことを思い出して、一段飛ばしくらいのペースで、階段を駆け下りた。

 

 

両脇にはまだ、松っちゃんとココリコ田中がいて、

 

「行った方がええと思うねんけどなぁ」

「いや、僕も、早よ行った方がええと思います」

 

と、繰り返していた。別に、怖い感じじゃなくて、いつもテレビで見るあのトーンで。

ちょっと不気味だった。早く学校に行かなければ、と思っていた。

 

一番下までたどり着いて、原付にまたがる。二人はもういなかった。

 

 

 

 

そのあたりで目覚ましが鳴り、僕は起床した。

ノンレム時に目覚めてしまったのか、かなり気持ちが悪かった。

まだ頭に、二人の声が残っていた。

 

 

目覚ましを止めて、ふと、気づいた。

 

「僕、誰のお墓参りするつもりやった?」

 

 

うちの母は存命だし、およそ僕が母と呼べる人物で、すでに鬼籍に入っている人はいない。

なのに、なんで僕は、あんな強い雨の中で、

「お母さんのお墓参りをしなければ」

と、思ったのだろうか。

 

 

窓の外が朝じゃなかったら、もっと怖い思いをしていたかもしれない。

 

「行った方がええと思う」

って、いったいあの二人は、僕をどこへ連れて行こうとしていたんだろうか?