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5月25日に、書けなかったブログの題目を羅列する話

 

・3月15日に、見た夢の話

→ある日の夢の中で、死を意識した話。3月16日に、詳しくまとめた記事を書いたが、消えてしまった。

 

・5月16日に、引越しをした話

→「会社」にバレるのが怖くて書けなかった。

 

・5月22日に、情けなくて凹んでしまった話

→悲痛すぎて書くのをやめた。

 

・5月24日に、買い出しと自炊をした話

→時間がなくて書けなかった。

 

・5月24日に、見た夢の話2

→車の運転を誤り、駐車場の8階くらいから落ちた。「どうせこれは夢だからいいのだ」と思っていたら、夢の中では夢ではなくて、賠償の話とかになってしまって、目が覚めてもしばらく怖かった。

 

 

 

題目の供養。本当はもっとあるけど、わすれちゃった。

そろそろブログを更新したい、の、だが。

「会社」や「上司」にバレるのが怖くて、フェイクを混ぜねばならず、それが手間だし、つまらんのです。

 

まぁ、もともと不定期更新だもんね。べつにいいでしよう。

 

 

ここまで、布団の上で、目をぼやけさせながら、書いた。

漢字を変換するのがじょじょにめんどうになってきた。

 

せっかく横になったのに、近所で猫の雄叫びがし始めた。急に。喧嘩してんのか、発情してんのか。

 

今日はこの辺でかんべんしてやる、自分を。

 

ありがとうございます、自分。

5月22日に、ここはどこなんだろうと思った話

 

お仕事を終えて、帰路に着いた。電車に乗って、転居した家まで帰るわけだ。

 

これまでほとんど使ったことのない路線で、

見たこともない車両で、

座ったことのない座席に座り、

眺めたことのない風景を眺めて、帰っている。

 

 

ここはどこなんだろうか。

 

自分の現在地がわからないような、そもそも自分が一体なんであるのかもわからないような、不安定な気持ちで、車輪の音を聞いていた。

 

 

 

 

 

今日は疲れた。

生まれて初めて、早くビールが飲みたいな、と思った。

 

正直、あまりビールが好きではない。苦い。

飲み会の一杯目にはビールを頼むし、注がれればえんえんと 飲めるけど、好んで飲むほどではない。

美味しく飲むとしたら、日本酒に限るのだ。

 

 

が、今日は違った。明確に、ビールが飲みたいと思ったのだ。

 

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果たして、ビールはうまかった。

サッポロ黒ラベルにしたのは、僕が奥田民生のファンだからに他ならない。

 

 

テレビのCMが流れる。 「ここはどこなんだろうね」と、BUMP OF CHICKENが歌っていた。

 

 

ここはどこなんだろうかと、もう一度思う。

 

 

失敗することが怖いんじゃなくて、失敗が怖くて進歩できないこと、何にもできないことが、歯がゆくて悔しくて情けなくてたまらない。

 

 

やるしかないんだから、もう一回、覚悟を決めないといけない。

 

恥も情けなさも、何もかも喰い殺して、最後には俺が勝つんだと思いながら、ビールを飲む。

酷く酔ってるのはきっと、疲れのせいだけではないのだろう。

酒に酔うだけじゃなくて、自分に寄っちゃってるんだから、今夜はどうしようもない。

 

もうしかたない。

やるしかないんだから。

5月17日に、このまま死ねないかなと思った話

 


昨日書いた雑記。

 

このまま死ねないかな、と、思うことがある。よくある。

 

こういうことを言うと、そういうことを言うもんじゃないと、どういうことかも理解せずに、お節介ことを言ってくる人がいる。たまにいる。

 


「このまま死ねないかな」にも二種類あって、つまりそれは、ネガティブな死の希求と、ポジティブな死の容認なのだ。

 


今日僕が感じたのは後者、ポジティブな方、前向きな方であるから、お節介なお説教の出番はない。休んでいてくだされ。


そんなに難しい話じゃない。

 


今日は午前中働いて、それから自転車に乗って街をウロチョロし、いい具合に汗をかいた。
程よい疲労感をお供にして、電車に乗った。少しだけ窓が開いていて、そこから入り込む風が、本当にちょうどいいものだった。

 

窓の向こうの青空が綺麗で、白い雲が少しずつ赤く染まっていく中で、UNICORNの『ひまわり』が流れた。

 


「このまま死ねないかな」と、今日、その時に思ったのである。

 


これまでの経験から考えて、どうやら僕は、

 

・程よく疲労していて
・天気が良くて
・風が心地よくて
・好きな音を聞いているときに

 

「このまま死ねないかな」と、思うみたいだ。もっと他に、要素はあるんだろうけども。

 

 


もっともこの感覚が、自分の中で「このまま死ねないかな」という言葉になったのは、つい最近のことだ。

 


言葉にはなっていなかったけれど、思い返せば、中学生ぐらいから、先述のような条件が満たされた時に、僕は漠然とした超越感を覚えていたように思う。

 

夏休みの部活終わり、昼下がり、青空の下で蝉の声を聞きながら、自転車で帰路に着くときや、

 

旅先で、林と林に挟まれた道を歩きながら、隙間に見える青空を眺めたときに。

 

 

僕は常々、人生の最上が今目の前にあるような、恍惚とした気分に包まれていたのである。

 

その積み重ねの果てで、本当の死を迎えたいなぁ。

幸せに包まれて、今が最高だって時に死ねたら、どんなに素晴らしいだろう。

 


だからむしろ、
「このまま死ねないかな」
と思えるのは、良いことなのである。お説教を喰らわなきゃいけないようなことではない。

 


毎日が幸せだからこそ、そう思うのです。満たされているなぁと思うから、死んでもいいと思えるのでしょう。

 

 

ただ、まぁ、まだ早い。
この恍惚を、超越感を、あるいは虚無感を、もっともっと感じていきたい。


「このまま死ねないかな」と思いながら、満たされながら、死なずに日々を生きられるのが、一番幸せなことなのかもしれませんね。


明日もそうだろうか。

5月13日に、人の厚意に甘えた話

 

10時頃に起床した。
派遣のアルバイトが契約満了になってからというもの、お仕事のない日は大体このくらいで目が醒める。


このくらいで、なのである。「本当はもっと寝ていたいけど、目覚ましで無理やり起きている」
のではない。

 

「何にもしてないのに、『もういいよ!』とばかりに目が醒める」のだ。

10時以降も休息をしなければならないほど、僕は疲れていないのだろうか。

 

あるいは、人間、寝るのにも体力が要るというから、もしかすると今の僕には、10時以降も寝続けるだけの体力すら、備わっていないのかもしれない。


いずれにしても、最悪だ。

無職であるから疲れてないし、
無職であるから体力もない。
最悪だ、ああ、最悪だ。

 


最悪だけど、無職だから、今日も明日も仕事はない。

就業訓練(training)をしているから、定義上決してNEETではないのだけれど、その訓練が実るかどうかもわからないあたり、ひょっとするとNEETよりタチが悪いのではなかろうか。

 


雨のせいかなんなのか、朝からネガティブなことを考えてしまった。

 

 

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が、朝ごはんを食べたら、元に戻った。あふろだんぺ〜さんが、
「思ったよりも白湯だ」
と呟いていたのが気になって、昨日買っておいたのである。

 

 

そういえば以前、あまりの空腹で、先輩に悪態をついてしまったことがあったが、その時も、飯を食った後で我に帰り、たくさん謝った。

人間、空腹より怖いものはないのかもしれない。

 


どんべ〜は、思ったよりも白湯だったが、僕には少し辛かった。

 


それから、録り溜め状態のテレビ番組を消化したりしていた。
『YOUは何しに日本へ?』は、大変いい番組だ。

 


その時、突如として刺さるようなものを感じたので、テレビから目線を外すと、母が鬼のような目で、私のことを見ていた。

 

それから、

「あんたなぁ、いい加減にしなさいよ・・・?」

と、鬼のような声を出したので、鬼の子たる僕は即座にテレビを消して、引越しの準備に取り掛かった。

 


そういえば、「朝ごはん食べたら引越しの準備しなさいよ」と鬼から言われた時、僕は確かに、はいと返事をしていたのである。

 


ふと見ると、時計は12時くらいを指していた。
そりゃ、いい加減にしろって気持ちにもなるはなぁと、少し反省する。
彼女を鬼にしたのは、この私に違いない。お袋よ、赦せ。

 

 

ただ、引越し準備と言ったって、もうやることはほとんど残っていないのだ。

 

業者に頼むわけではないから、ダンボールへの詰め込み作業もないし、
実家からそう遠いわけでもないから、取りに帰れんわけでもない。

まぁ、なんとかなるでしょう。

 

 

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と、そういう油断が、僕の中にあった。
そして今、膨大な本やら漫画やらCDやら資料を目の前にして、僕は途方に暮れているのである。
さっきまでの、余裕こいてた自分を殺してやりたい。

 


そりゃあ、何回かに分けて運べばいいような話だけども、

 

・どれを優先的に運ぶのか
・運んだ上でどこに置くのか
・どれは運ばず置いていくのか

 

と言った、現実的な選抜作業を、残りの2日間で終わらせなければならないのである。

 

 


もちろん、全部運べるなら、それが一番良い未来ではあるのだが、
転居先が上階であり、かつそう新しくもないマンションであることを考えると、

 

「全部運んで、床が抜けないかね?」
という、転居先をバカにしたような疑問が浮かんでしまうのだ。

 

 


やれやれ・・・と、嘆息する。そういえば、そんな口癖のラノベ主人公がいたね。

 

昼頃から14時過ぎくらいまでは、割と真面目に引越しの準備をしていたのだけれど、

自分が好きなものの中から、さらに重要で大切なものを選ぶ作業など、苦痛以外の何物でもないわけで、お三時を迎えた頃には、僕の辛抱がもう限界にたどり着いていた。

 


やれやれ・・・と、また嘆息する。

 

僕はコーヒーを入れて、一息つき、それから、やれやれが口癖の高校生が主人公を務めるラノベ、そのSSを書いたりして、現実から逃げ惑っていた。

 

そうして無理やり作り上げたSSほど、できの悪い二次創作はなかろう。
結局、全部ボツにして、もうダメだ!と、呟いた。Twitterで。

 


その呟きを見てか見ずにか、16時すぎくらいに、飲みに行きませんか?とのお誘いを受けた。

 

僕のブログの唯一の購読者であり、散文ブログ仲間のとある女史。
名前を出して良いのか、許可を取ってないのでイニシャルで呼びますが、某A久保存さん、その人である。

 

以前から何度かお約束はしていたのだが、ナンジャがあったりカンジャがあったりして、なかなか実現していなかったのである。

 

 


お誘いのメッセージを眺めながら、

 

「こんな僕を誘ってくださるなんて、ありがたいなぁ。こういうご縁を大切にしないとなぁ」
と、さめざめ涙を流したり、

 

「もう直ぐ引越しだから飲みに連れてってくれアピールを、四方八方にばら撒いた甲斐があったぞ」
と、シメシメほくそ笑んだりしていた。

 


とはいえ、まだ16時を少し回ったくらい。
その後、車の運転を練習したり、パソコン内の写真をUSBにうつしたりして時間を潰し、18時過ぎに家を出た。

 


19時15分くらいに待ち合わせ場所に着いて、小沢健二を聞きながら待っていた。

 


実は本当は、奥田民生を聴いていたのだけど、
小沢健二聞きながら待ってますね」
と、雑な小ボケの予測変換を誤ってしまったのだ。

 


その約束を果たすべく、僕は小沢健二を聞いていたのである。ドアをノックするのは彼らしい。

すぐ近くで、全身タイツのストリートミュージシャン(女性)が、すごい笑顔でクニャクニャ踊っていた。狂気を感じた。

 


果たして5分ほどして、合流。
何を食べるかどこで食べるか、互いに全くノープラン。
黒服サングラスじゃないから、内村さんも拾ってくれないし、大阪の街をブラブラ歩いて、適当に店を探したりしていた。

 


ウロウロの末、地下に潜った。
「この辺ならそこそこ、知ってる店があるんですよー」
と、僕は余裕をかましていたが、一杯だったらどうしようかなぁと、少し懸念してもいた。

 


そして予想通り残念ながら不幸にも折悪く拍子の悪いことに(仰山並べたな)、

僕が時折利用する串カツ屋の前に、長蛇の列ができていた。
あの辺には飲み屋がたくさんあるし、串カツ屋だけでも4、5件あるのだが、なぜかその店の前にだけ、バカみたいに人が並んでいた。

 


バリューなのかねぇ?と、首を傾げたが、どっこい、バリューで言えば、もっと安い店が近くにある。


結局、その安い店に決めた。
こういう時は、よっしゃここだ!と決めてしまうのが一番だな、と思う。

 


その時点ではまだ、ブログを更新する気がなかったので、串カツの写真なんか一枚も撮ってない。
画面の向こうのあなたに自慢することができず、残念である。

 


注文から何から、あらゆることを姐さんに任せて、僕は横でポケーッとしながら、いいチョイスだなぁ、と思ったりしていた。

 


串カツを食べ、酒を飲みながら、取るに足らないことをアレコレ喋った。
串カツが揚がるまでの間、僕はキャベツを子ウサギくらい食べていた。


昔の部活の話とか、最近の日常の話とか、ブログのこととか、もちろん大喜利の話とか。

 

建設的なことも、未来を明るくするようなことも特には話していないけど、なんだかとっても、いい時間だった。
お誘いとご縁に、感謝感謝でございます。

 

 


そろそろ帰ろうとしたところで、僕らの隣に爺さんが座った。


オチを先に言うと、この爺さん、日本語の喋れない姉ちゃん店員にキレて、帰ってしまった。
爺さんは、相手が日本人じゃないことに気づいていなかったみたい。


何がってこの顛末に、僕も一枚噛んでるから、後味が悪い。

 

姉ちゃん店員の、
「クジハン、マデデス(けど大丈夫ですか? の意味)」
という言葉が聞き取れず、何度も聞き返すお爺さん。


ただでさえ日本語が片言なところに来て、店は喧騒の中にあるから、聞き返されていることにも気づかず、姉ちゃん店員は皿やらなんやらを用意している。

 


僕は酒の勢いも手伝って、お爺さんに、
「21時半まで(やけど大丈夫ですか?)、やって。」
と教えてあげた。これがいけなかった。

 


爺さんは、カッコの部分を察することができず、

「21時半までやから帰れ」

と言われた、と誤解していた。

 


憤慨して帰っていくお爺さんをみながら、余計なことをしてしまったなぁ・・・と、後悔。
小さな親切大きなお世話、である。

 


が、そもそも、日本語が片言な姉ちゃん店員に、フロントを任す店側も店側であろうに。
他のおばちゃん店員が対応するとか、なんぼでもやり方あったやろ!!

 


と、責任を店側に押し付けて、僕は自分を保つのであります。誰も幸せになれない物語だ。

 

 

串カツは、姐さんにご馳走になった。

 


帰路につくA姐さんを見送って、僕も僕の帰路に着いた。

 

 

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帰り際に、もらったお菓子を食べながら。

 


名は体を表すのか、かげろうは駅に着くまでには胃の中に消えてしまっていて、
後に残ったのは、酒を飲んで甘いものを欲しがる、僕の欲求だけだった。

 

アズナスによって、シュークリームとコーヒーを買った。

 

 

 

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最寄駅について、ホームから眺めた月は、オレンジで美しかった。


そう言えば、この駅から月を眺めるのは、今日で最後なのかもしれないな、と思う。

 


「人生で今後、もう二度とやらないことって、たくさんありますよ。気づかないうちに、そういうのって、増えてますよね。」


そんな話をした矢先のことだから、妙にしんみりしてしまう。

(ちなみにその時は、「たぶん一生、アメフトはしない」という話をしていた)

 

 


そうして妙にしんみりして、月を眺めながら歩いていたら、コンクリートより柔らかい感触を踏んづけた。

 


あっちゃー、ほんまかいな!と、悲鳴をあげる僕。

 


ツキがあったり、運がついたり。ひょっとして、これは吉兆なのではないかなぁ?

 

 

そんなわけないと思ったので、地面でこそげおとしながら歩いた。
今度こそ、イヤホンは奥田民生を流していた。

5月12日に、おにぎりの食べ方を考えたり、たくさん歩いて流石に疲れたりした話

 

 ●引越し先の街を歩いた話

転居先が決まって、必要書類の提出やなんやで、これから僕が住む街まで行ってきた。

実家から、電車で2時間ほど。遠いというほどの距離ではないが、近いというほどの距離でもない。
ほどほどに、知らない街である。

 


書類を提出した後、お昼ご飯を食べたり、アルバイトを探したりしていたが、
ほぼ数時間、街をうろうろ歩き回っていただけだから、特に面白い日記は書けそうにもない。

 

 

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お昼ご飯は、海鮮丼だった。
美味しかったけれど、ご飯のほかほかに、刺身まで温もってしまっていた。

赤だしが、たいそう美味しかった。

 


●おにぎりの食べ方の話

コンビニでアルバイトをしたことがないから、どの程度混雑するのかとか、どれくらい忙しいのかとかがわからない。
参考にしようと思って、某コンビニに立ち寄り、おにぎりとファミチキを買った。

 

 


(せっかく某コンビニとぼかしたのに、ファミチキと言ってしまった。)

 

 


前々から、おかしいおかしいと思っているのだが、なぜか僕は、コンビニおにぎりを食べる時に、その左下から食らいつく。

 


  ▲

つまり、この部分。

 


袋に示された順番どおり、丁寧に袋を開けてから、わざわざ向きを変え、左下を上にしてから、食べるのである。

 


毎回無意識にこの食べ方をしては、
「毎回、無意識にこの食べ方してんなぁ・・・」
と、思うのだ。

 


次におにぎりを食べる時は、なんでそんな食べ方をしているのか、意識して食べてみようと思う。これも、毎回思う。

 

 

毎回思っては、忘れてしまう。そして多分次回も、忘れて左下からおにぎりを食べた挙句、
「毎回、無意識にこの食べ方してんなぁ・・・」
と、思うのだろう。

 

 

 

●たくさん歩いて流石に疲れた話

僕が今なう住む街と比べて、僕がこれから住む町は、坂道が少ない。

 


道路の縦横もきれいに整備されているが故に、
「ここからあそこくらいまでなら、余裕で歩けるだろう」
と思ってしまう。し、実際、余裕で歩けてしまう。

 


最寄り駅まで25分、坂を登ったり降りたりする土地で、これまで僕は生きてきたのである。
平地で50分くらい、徒歩圏内だ。

 

 

 

ところで、愛宕山という落語の中で、京の旦那さんが、
「お前はんらには気の毒なことしたな、大阪には山がないからな」
と、大阪の幇間を気遣いからかう場面があるが、

あの旦那は、どこらへんに住んでるのだろう?京都の街中に住んでいて、山に慣れてるなんて言えるのかね?
また調べてみます。

 

 

 

不動産屋から、僕が住む家まで、だいたい徒歩50分くらい。
僕が住む家から、僕が帰りに電車に乗る駅まで、徒歩30分くらい。

 


途中、バイト先候補探しのために、あっちをウロウロこっちをウロウロしたものだから、さらに30分くらいは追加で歩いている。ほぼノンストップで。

 


おまけに悪いことに、今日は古い方の靴(4月8日のブログ参照)で来てしまったのだ。

 

裏側は限りなくすり減っており、もはやほとんど、地べたに素足をずっているような感覚で、2時間近く歩き回っていたのである。


歩き慣れているとはいえ、流石にくたびれた。
このブログを書いている、今この時も、足の裏が疲労感で呻いている。

いま足ツボマッサージでもされようものなら、上の口まで呻いてしまいそうだ。

 

 

上にしか、口ないけど。

 


歩き回った甲斐あって、美味しそうなカレー屋さんとか、うどん屋さんとか、ラーメン屋さんとか喫茶店とか、見つけた。
ちょうどいいアルバイト先候補は、なかなか見つからない。ボチボチ探そうと思う。

 

 

twitterの影響なのかなんなのか、カレー屋を見ると、永久保存さんが思い浮かぶ。

 

 

ちなみに、帰り道で高槻の横を通過するたびに、第三軌条のお兄さんが浮かぶし、

丸太町を歩いていると、あふろだんぺ〜さんが浮かぶ。

土地と記憶は、密接につながっているな、と思う。


そういえば、アンテナカフェの隣のカレー屋、今度行ってみたい。

 

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あと、とんでもないパチモンも見つけた。

 

 

 


ここまで書いて、携帯の充電が切れてしまった。


帰宅して、ホッと一息ついて、携帯を充電して、今に至っている。

銭湯に行きたいな、と思ったが、雨でも降りそうな空模様で、諦めた。

 


引越しまで、あと3日。
僕が兵庫にいるうちに、誰かお酒を奢ってください。

4月27日に、音楽を聴いてその人を思い出した話

 


お勤めだった。
契約手続き上の手違いがあって、どうやら僕は4月いっぱいで御役御免らしい。

 

諸般の事情で、契約更新を後悔してはいたけれど、いざ5月を目の前に、
「来月からお前の席ねえから!」
を喰らうとは思わなかった。


いや、そんな嫌な感じじゃなかったけども。
「あれ?4月末までだよね?」みたいな感じだったけども。

 

4月下半期分のバイト代は、5月15日に支払われるので、それまではまだいい。
問題はそれ以降だ。


同級生諸君が新社会人となって、初任給すらもらっていると言うのに、僕は一体何をしているんだろう。


電車の中でこの日記を書きながら、情けなさと心細さで、泣きそうになっている。誰か助けてください。

 

とはいえ、決まってしまったものはもう、仕方がない。そうなっちゃったんだから。
とりあえず、やらなければいけないことは山積している。部屋の掃除とか、必要なものの選り分けとか、引越しの準備とか。

 

しばらくはそれをして、気分を紛らわせましょう。
さっさとそれを終わらせて、収入が無くなるまでの間に、次の働き口を見つけようと思う。怖いけど、仕方ない。自分で選んだ道だものね。

 

 

沈鬱な気分で昼食休憩に突入したら、TwitterにDMがきていた。
とある方と、サシ飲みの約束していたのだが、先方が体調不良らしく、キャンセルになった。これもまた、仕方ない。


常々言ってることではあるが、
派遣契約にしろ、ご飯の約束にしろ、何らかの予定が狂ってしまった時、僕は、
「そういう縁だったんだなぁ」
と、思うようにしている。


運命といえばキザだけど、縁だと思えば仕方ない。


おそらく、もしも予定が予定の通りに達成されたなら、僕自身に、またその予定に関わる誰かに、何らかの不幸が降りかかっていたのである。
逆剥けとか深爪とか。


なので、オールオーケーだ。
仕事も約束も、たぶん、達成されるにふさわしい時宜があって、僕はただそれをじっくりと待つのみである。


仮に達成されないならば、それはまた、そういう縁だったのだ。仕方ないのである。

気楽にやりましょう。ぜひまた誘ってくださいね。

 

 

 

今日はバイトの後、お酒を飲んでから、京都の知人宅に泊まる予定であったから、予定を前倒しして、京都に向かっている。

(なお、今着いた。今、この文章を書いている時に。)

 

電車に乗っている間、iPhoneの全曲シャッフルをやっていた。
僕のiTunes、音楽以外のものが多すぎるので、これまであまり全曲シャッフルはやってこなかったのだが、最近少し、ハマっている。


フジファブリックが流れてから、YUKIが流れて、藤本二三吉が流れたかと思えば、長門有希が歌い出したりする。

 

 


あ、そうそう。

これもあんまり言ってこなかったけど、僕は長門有希が好きだ。大好きだ。
どれくらい好きかというと、それについては後日独立記事で語りたいくらい好きだ。今日ここで語れるようなことではないのである。

 

 

そういうわけで、いろんな声と音楽を聴いていた。久しぶりに聞く声も、中にはもちろんあった。

 

 

筋肉少女帯を聞くのも、本当に久しぶりのことだった。
僕は彼らのにわかファンなので、ベストアルバムと、オリジナルアルバム1枚しか、iPhoneには入っていない。

 

レディクル座妄想に至っては、昔の友達に借りて一度聞いてから、全く聞いていない。その程度のレベルのファンなのだ。

 


『パリ・恋の都』が、流れていた。ほとんど記憶にない、でも好きな曲調のナンバーだった。イントロを聞いただけで、筋肉少女帯だとわかるような。

 

電車の外を、茨木市が流れていく中で僕は、このCDを貸してくれた女の子のことを思い出していた。


かつて属した部活の同級生だった。
男前キャラの女の子で、どこか地方の出身だったはずだけど、それがどこかは覚えていない程度の付き合いしかなかった。

 

真面目な子で、部内で浮いていた僕のことを、結構気にしてくれていた。だけど当時の僕は、それが少しめんどくさかった。

 

僕は、苦手なタイプの人と仲良くやれない性格だったが、彼女は割と、どちらも平等に接することのできるタイプの人だった。

それ故に、合わなかったのである。

 


結局、僕と彼女では圧倒的に、熱量が違った。
当時の僕は今以上に、否としたものを否として拒絶していたし、坊主憎けりゃ袈裟まで憎く、ボロカスにミソクソに滅茶苦茶に扱うようにしていた。

 

 

彼女も結局愛想を尽かしてしまって、気づけば僕が、否とする側の人になっていた。

 

 

それを今でも別に、寂しいとは思っていない。

僕がその頃否としたものを、たぶん僕は今でも、否とするだろうからである。

 

ただ、CDを貸してくれたり、僕のことを気にしてくれたりしていた頃の彼女を思い出すと、
その優しさを袖にしてしまった自分が、少し情けなくなってしまうのだ。

 

 

大槻ケンヂの声が、藤原基央に変わっていた。そう言えば確か、彼女はBUMP OF CHICKENも好きだった。

 

 

知人の家の前に着いた。部屋の電気がついているので、僕はいままさに、インターホンを押そうとしている。

 

ピンポーン。

4月24日に、なっちゃったもんは仕方ないと思ってそうした話

 


夜。
帰り道だ。僕は今、帰り道を歩いている。

 

終電の一本前。
今日は月曜日で、明日は火曜日(投稿時点では日付が変わっているだろうが、僕は僕が寝るまで、日付を変えるつもりはない)だというのに、さっきまで乗っていたその電車には、赤い顔して帰路に着いているサラリーマンが、何人かいた。

 


彼らは、社会の歯車である。
不良部品の僕としては、社会を回してくれる彼らに頭が上がらないわけだけれど、月曜からそんな感じで大丈夫なのか?と、心配になる。

 

僕が明日も不良部品であるために、歯車よ、元気に健康で回ってくれたまえね。お願い致します。

 

 

愛用のイヤホンが、TOKIOを流していた。なんかそんな気分だったのだ。

 

宙船でブレイクして、今やあんな感じの(言うまでもないことだ)売れ方をしているTOKIOだけれど、やっぱり本業が一番かっこいい。

 

昔はよくコンサートに行ったもんだけど、チケットが手に入らないようなバンドになってしまってから、ほとんど行っていない。

 

TOKIOについては思い入れと愛着があるし、実は思い出もたくさんあるけれど、今日は別に書かない。

 

 

十三に着いて、乗り換えのために歩いているとき、なぜかは知らないが、踊りだしたくなってしまった。

 


モッシュのような激しいやつではなくて、音楽にノリながら、ふわふわと柔らかく優しく舞うような、そんなダンスが踊りたくなってしまったのだ。

 


今日はお酒を飲んでいないし、別にいいことがあったわけでもないのに、なぜかそんな気持ちになったのである。

 


十三のホームで、電車を待っていた。僕は待ち列の先頭に立っていた。

 

こんなところで・・・と、理性が止めようとする。
が、なっちゃったもんは仕方ない、と思った。思いが理性に勝ってしまったのだ。

 

 

僕はTOKIOを聞きながら、リズムに乗って左右に少し揺れた。足踏みをしながら、片手で拍を取ったりしていた。


流石に今日は酒にやられていない理性だから、それより先へ、僕を行かせてはくれなかったけれど。
後列の人にバレない程度に、僕は僕の欲求を満たしていた。

 

 

最寄駅について、歩きながら、この日記を書いている。まだ家には着いていない。
イヤホンは、TOKIOをやめて、BUMP OF CHICKENを流している。

 

過去が今を照らして未来まで守ってくれるのなら、こんなに心強いことはないね。

 

 

少し周りを気にしながら、くるりと回ってみる。

満たされた、と思った。
信号が青になるのが、遠くの方で見える。

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