3月29日に、だいたいが日記なのであるという話

だいたいが、日記なのである。

 

前回の記事を見返して、そのあまりの堕落ぶりに愕然としている深夜1時。

堕落というか、退化というか・・・ようするに、中学生の頃の僕が書いていたような、心底つまらない記事になってしまっているのである。あな情けなや。

 

つまらないにも色々種類があるが、悪い方のつまらないを、前回の僕はやってしまっているな、と思う。

 

すなわち、さも面白いものを書いているかのように、つまらないものを提示してしまっている、ということだ。

 

球磨川さんが出てきたところなんか、つまらなさすぎて目を疑ってしまった。

 

とはいえ、今の僕であれば面白いことをかけるのかと言われると、別にそういうわけでもない。

というかそもそも、面白いものを必ず書かなければならないような、そんな場所ではなかったはずなのだ。

 

元はと言えばぱっと思いついたことを、ぱっと記したり、垂れ流したり。その程度でよかったはずなのだ。

 

もっとワッといえば本当は、僕の過ごした1日について羅列するだけで、よかったはずなのだ。

そういうブログを見て、俺もやりたいなぁと思ったのがきっかけだったじゃないか!

 

 

もっと気楽にやろうと思う。

だいたいが、日記なのである。

 

できれば記事タイトルだって変えてしまいたい。

だいたいが、日記なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年の流行色はオレンジ色です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橙が、人気なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの家系は、暗い人間ばっかりで・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代々が、陰気なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたし、あいつに、さよなら言えてない・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイバイが、言えてないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・後遺症は、癒えてないのである。

元のブログに戻る日は何処。

再会は、未定なのである・・・。

2月24日に、羨ましくて自分も書いた話

誰かにブログの更新をせがまれるなんて、羨ましいことこの上ない。そういう経験を、僕もしてみたいものである。

妬ましいから、僕も久しぶりにブログを更新しよう・・・と、思い立った次第。

 

 

 

と、ここまで書いて、

「そういえば俺も前に、ブログ更新してくれって言われたな」

と、思い出す。

奈良の浪人生は元気にしているだろうか。

まだ彼は奈良の浪人生なのだろうか。

こんなブログ読んでる暇があるなら、その時間を勉強に使っておくれ。

 

 

 

 

 

毎度毎度書いてることなので、そろそろ書き飽きたし聞き飽きたろうが、仕事柄、日常について、あまり記すことができず、自然、更新が滞ってしまう。

 

 

 

 

 

トド凍る。カチーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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球磨川くんのおかげで、死なずに済みました。僕は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、日常を記すことができないから、更新は自然と停滞してしまう。

(※滞る、という単語の使用を避けることで、二の舞にならないようにした、僕の判断力を褒めたい。hold me tight.)

 

 

 

 

当たり障りのないことを書くだけで、いかに記事としての価値を維持するかという、牙を抜かれた新聞記者みたいな書き方をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

オリンピックを観ながら書いていたのですが、ここまで書いた時点で、日本がメダルを二個取りました。

高木菜那かわいい。藤沢五月かわいい。結婚してくれ。

 

 

 

 

 

 

せっかくだから、オリンピックの話でもして、お茶を濁そう。

 

 

 

 

 

 

高木菜那カーリング女子のおかげで、なんとか今大会、

「メダル獲得の瞬間」

を、リアルタイムで見ることができた。

 

 

特にマススタートの高木菜那(かわいい)のおかげで、金メダル獲得の瞬間が観られたのは、結構嬉しい。

 

 

 

今大会1つ目の金メダルが、日本にもたらされた時。

つまり、羽生結弦(同い年)のフィギュアスケートFPが行われていた時間帯、僕はお仕事中だった。社会人だからね。

 

 

同い年の羽生君が、氷上でくるくる回ってる間、

僕は社会の歯車として、ぐるぐる動き回っていたのです。格差。

 

 

 

 

結局僕は、上司の

「おっ、羽生金メダルや!」

という声で、その結果を知ることになった。職場は一瞬、おーっ!ってなったけど、この「おーっ!」は、弱い。

 

 

 

 

LINEニュースや、スポーツナビの速報で、結果を知ることもある、

二つ目の金メダル、小平奈緒(試合着の時の方がかわいい)の時がそうだった。

 

 

小平奈緒が決勝に挑んでいた時間帯、僕はちょうど家にいて、しかも、テレビの前に座っていた。

 

Yahoo!ニュースにはすでに、

小平奈緒、今夜決勝!」

というような記事タイトルが踊っていた。

それを見た僕は、その瞬間を目撃する気満々で、テレビの前に控えていたのである。

 

 

 

これが誤算だった。

タイトルだけじゃなくて、記事そのものを確認するべきだったのだ。

 

 

 

そう僕は、試合時間を、大きく勘違いしていたのである。

 

 

リオデジャネイロ五輪とか、南アフリカW杯の時の感覚で、なぜか僕は、

「試合は深夜0時くらいにやるもの」

と、思い込んでしまっていたのだ。

 

 

 

考えてみれば、今回のオリンピックは韓国開催なのだから、そんなに時差があるわけでもない。深夜に試合を行うメリットなど、なにもなかったはずなのだ。

序盤で行われたスキージャンプ等の印象もあり、てっきり深夜に行うものとばかり僕は思いこんでいて、時間を確認しようとすらしなかった。

思い込みとは、かくも恐ろしいものであり、人間にとっt

 

 

 

 

そんな理屈はどうでもいい。

 

 

とにかく僕は、試合時間を勘違いしてしまったがために、小平奈緒の金メダルを見逃した。

 

 

しかもその際、僕はテレビの前で何をしていたかというと、

 

 

 

 

 

 

タンスにたまったお金の確認

 

 

である。

銀行に預けていないタンス預金がだいぶたまったので、額を確認しようと、封筒からお札を取り出して、一枚一枚数えていたのである。

 

 

金を見ていたせいで、金を見逃すとは。

 

 

 

守銭奴みたいな見逃し方をしてしまった。確定申告め・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

3つ目の金メダル。女子団体パシュートが行われていた時間。

だいたい、21時45分頃。

僕は職場の仲間たちと、お酒を飲んでいた。

 

 

小さな居酒屋、その隅っこに、大きめの薄型テレビ。

およそ小さな居酒屋に似合わないサイズのそれは、なぜか熱心に、カーリングの試合を放送していた。

 

 

 

 

小平の悲劇から学んだ僕は、この日の試合時間を、事前に調べていたので、

「まもなく女子団体パシュートの決勝が始まる」

ことに、気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、上司を含めた僕の仕事仲間たちは、誰一人この、重大なる事実に気が付いていなかったのである。

 

 

 

 

 

「チャンネル変えてもいいですか」

 

と、一言いいたかった。

 

 

ああ、言いたかったとも。

 

 

 

でも、言えなかった。相手は上司や、取引の関係者ばっかりだったからだ。

 

 

 

「テレビのチャンネル変えさせてください」

 

 

なんて、言えるような空気じゃなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕がそわそわし始めてから、だいたい10分後。

ピロピロ言う音共に、

「ニュース速報」

というテロップが現れ、カーリング女子(藤沢五月がかわいい)の眉毛にかぶった。

 

 

さすがの上司たちも、テレビ画面に集中し、速報の続きを待つ。

 

 

「女子団体パシュートで、日本が金メダル」

 

 

という結果テロップに、僕らだけでなく、店内にいたたくさんの人が、おーーーっ!!と、歓声をあげた。

自然と拍手も起こり、おめでたいムードに、店内はつつまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つつまれたけど、弱い。弱いよこれじゃあ。

 

 

 

 

 

 

だって、もしチャンネルがNHKに合わせられていたなら、

こんなニュース速報なんかじゃなくて、現にこの目で、金メダルの瞬間を確認し、みんなで喜びを分かち合うことができたはずじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中途半端な喜びで満足するな。

ゆるふわ4コマか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうようなわけで、僕は今大会、金メダル獲得のシーンというものを、まったくリアルタイムで共有することが、できなかったのである。

いや、金メダルどころじゃない。

銀も銅も、だ。なんてことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま僕は、メダル獲得の瞬間を観られないまま、ピョンチャンとさよならしなきゃいけないのか・・・

 

 

 

と、思っていた矢先の金メダルだった。

 

 

今大会4つ目、おそらく最後の金メダル。

女子マススタートの、高木菜那(結婚してほしい)。

 

 

小平の悲劇から何も学んでいなかった僕は、特に試合時間を調べることもなく、何の気なしにテレビをつけた。

 

 

 

ちょうど、女子マススタートの準決勝が始まるところだった。

 

 

 

 

最後のチャンスが巡ってきたのである。

 

 

 

 

これ幸いとばかりに、残りの時間、テレビをつけっぱなしにして、ブログを書き始めた。

途中、佐藤綾乃(かわいそう)のリタイアに同情したり、81将棋で5級に昇級したりしながら、その時を待った。

 

 

 

 

 

 

かくして、その時は来た。

僕は、高木菜那(妹もかわいい)が金メダルを獲得したこと以上に、

「金メダル獲得の瞬間が観られた」

ことに興奮し、歓喜していた。

 

これを逃せば、あと4年は見られなかったわけだから、感慨深い。

 

 

 

4年後の自分に思いをはせたりしながら、強引に、ここまでブログを書いた。

 

 

たまにはこうして、スケート選手みたいな気持ちを味わうのも、良いかと思っている。

 

 

 

 

 

 

滑ってるもんね、今日。

 

1月25日に、年末の眼鏡の件を思い出して書いた話

この日記を書き始めたのは、果たして何月何日だったろう。
すっかり忘れてしまったけれど、かつて自分がフリックした文字文字と、断片的な記憶とを頼りに、書きつづけてみる。

 

 

 

年末に、伊達眼鏡を買った。
言わずと知れた3COINSショップで、税込分9枚のコインを出して、買った。


硬貨で安価な眼鏡を買った。

 


正確にいうと、眼鏡じゃなくてサングラスらしいのだが、ぱっと見では眼鏡にしか見えないサングラスなので、
もはやこれは僕にとって、ぱっと見では眼鏡にしか見えないサングラスではなく、サングラスと名のついた眼鏡なのである。


購入理由は別に、変装をするためでも、目の前で眼の前で、UVをカットするためでもない。

 


かけてみたかったのだ。眼鏡を。

 

 


幸いにして、視力のいい人生を送ってきた。

暗い部屋でテレビを見たり、
布団の中で漫画を読んだり、
押入れの中にお菓子とゲームを持ち込んで遊んだりするのが、
大好きな子ども時代を過ごしたにも関わらず。
(今も好き。)

 

僕の両目の状態は未だ、少なくとも1.2という数字を出せる程度に、良好である。

 

そんな目よし長慶であるが故に、僕は生まれてこのかた、眼鏡というものをかけて生活したことがない。

 


たまに、友達や兄貴のメガネを借りて、かけて見たことはある。
けれど、目は痛いし、鼻の上に違和感はあるし、踏んだり蹴ったりで、ものの数分で辞めてしまうことが常だった。

 

かといって、もし視力が悪くなってしまった場合、
(聞いた話なのだが、老化、というものがあるらしい)
コンタクトレンズを目の中に入れるほどの度胸は、僕にない。

 

目の中に入れても痛くないほど、コンタクトレンズを可愛く思える気もしない。

 

もしそうなってしまった場合に、僕に残された選択肢は、眼鏡をかける、以外に存在しない。
であるならば、今のうちから度無しの眼鏡をかけておいて、その日に備えておくべきではないか?

 

と、
は、思わなかったけれど。

 

 

そんな大それた理由などなく、ただ単純に、眼鏡をかけた生活というのを、やってみたかったし、やって見たかったのである。

 

 

 

初めて眼鏡をかけて出かけた、年の瀬のある日。


昼夜感覚がぶっ壊れているから、早朝6時みたいな顔をして、11時15分の街を歩いた。


かつての遊郭跡地(未だにお店はたくさん残ってて、ゴーストタウン化してる)を横目に、街を北上する。

眼鏡をかけながら何かを横目に見るのは、生まれて初めての経験だった。

 

寒い朝(というか昼前)、僕は駅に向かっていた。
その日はたまの休みだったので、ちょっとお出かけしたかったのである。

もちろん、眼鏡をかけて、だ。

 

行く先のアテはなかったが、時間的にお腹も空いていたので、
(朝飯の感覚だったが、昼飯の時間だった)
ラーメンでも食べに行こうと、思っていた。

 


駅のホーム。思わぬ災難が僕に降りかかった。


あまりにも寒いので、缶コーヒーを買って飲んでいたのが、突如ときて、目の前が真っ白になってしまったのだ。


テロかと思ったが、そうではない。


おそらく、ほとんどの人がこの事実を知らないと思うのだが、

 

 

 


湯気を当てると、眼鏡は曇る。

 

 

眼鏡知らずの兵庫っ子である僕は、何の前触れもなく訪れた薄白の世界に、有馬の雪を見た。

 


仕方ないので、コーヒーを飲んでいる間、眼鏡を外すことにした。
途端、さっきまで不良極まりなかった視界は開け、
ちょっとだけ黄色がかった世界は、本来の明るさを取り戻した。(やっぱりこれサングラスなんだな、と思った。)

 


コーヒーを飲み終え、ホームのゴミ箱に缶を捨てて、再び眼鏡をかける。
もう二度と同じ轍は踏まない。


さっさと目的地へ行って、ラーメンを食べて、お買い物でもして帰ろう。

 

 


固い決心をしてから、40分後くらいだろうか。
一杯のラーメンを目の前にして、僕の視界は再び、奪われることとなった。

 


おそらく、ほとんどの人がこの事実を知らないと思うのだが、

湯気を当てると、やっぱり眼鏡は曇るのだ。

 


ラーメンを食べる間、眼鏡を外すことにした。
またしても僕と眼鏡は、現実に打ち負けたのである。

 

敗北感に苛まれつつ、お冷の横で横たわる眼鏡を眺めながら、
視力が良くて本当によかったな、と思った。


美味しそうなラーメンを、眼鏡も無しで、眺めることができるんだから。


ありがとう、俺の両目。
目の中に入れても痛くない、俺の両目。ありがとう。

 

 


ラーメンを食べ終え、眼鏡をかけて、街へ出た。やっぱり世界は、少し黄色がかっていた。

 


相変わらず、行く先にアテはなかったけれど、
眼鏡拭きを買って帰ることだけ、僕の中では決まっていた。

 

街中に行くにあたり、風邪を引きたくなかったので、マスクを装着して歩いた。

 

 

 

 


途端、僕の視界は薄白になった。

 

マスクの奥に笑顔讃えて、僕は三度、眼鏡を外すのであった。

11月7日に、こういう大人になっちゃダメだと思った話

酒が飲みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり大きな字で書くくらい、それぐらい僕は、酒が飲みたかったのだ。

 

 

 

 

21時半頃。一仕事終えた僕は、酒席に向かう仲間にバイバイして、帰路についた。

僕だけみんなより家が遠かったから、である。

 

 

 

 

 

 

みんなの背中が見えなくなったので、僕もくるりと踵を返し、駅へと歩き出した。

 

 

・・・と、その途端。なんでかわからんのだが、ガクッと疲れに襲われた。ガクッと、である。

ちょっととか、少しとか、ドッととか、セミコロンじゃ、ないのである。

 

くるりと踵を返しただけなのに。

僕の中から誰か出て行ったのだろうか。

 

 

 

 

 

弱ったなぁ、と思ったのとほぼ同時。

 

 

 

 

気づけば身体は、酒を欲していた。

 

 

 

 

 

疲れが出ているのだから、無事に家まで帰り着くためにも、寝るなりぼーっとするなり、大人しくしておくべきなのは重々承知している。

 

 

 

 

けれども僕は、それでも僕は、酒を欲してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

電車で飲もう…ーーと、決意した。

 

 

 

 

この時間、僕の家方面(正確には、僕の家から徒歩20分くらいの最寄り駅、方面)の特急は大体、ボックス式の座席を、その腹に抱えている。

 

うまいこと調整すれば、二人がけの椅子を、あたかも自分の個室か何かのように使えるタイプのあれだ。

 

 

 

 

「あそこでなら、酒を飲んでも良いだろう・・・」

と、僕の理性がGOを出していた。(業が深い。お郷が知れる。)

 

 

 

もちろん、電車の中のみならず、公共の場で飲酒をする行為は、決して褒められたものではない、と思う。

 

 

 

とはいえ、理性は ーーあくまでも僕の中の理性はーー、

「ボックス席における飲酒はセーフ」

と、結論づけた。

 

 

 

 

 

気づけば僕は成城石井で、ハイネケンと、ほろよいももと、助六弁当(30%オフ)を、購入していた。

 

発泡酒ではなく、ハイネケンなんて贅沢をしているあたりに、僕の気合と欲求の強さがうかがえるし、

値下げされた助六弁当でバランスをとってるあたりに、まだ飲む前の冷静さも垣間見える。

 

 

 

 

 

 

ついでにアズナスで、週刊少年ジャンプ(未だに読んでる)を購入し、意気揚々とプラットホームへ歩みを進めた。

 

我こそは最強だ!!と、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・しかし。ホームへたどり着いた僕の目に飛び込んできたのは、

「次発 快速急行

という、予想外の電光掲示だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうなのだ。

あまりこの時間、この路線の電車に乗らないから、僕は知らなかったのだ。

 

 

 

22時を過ぎたこの方面、特急電車はとっくに終わっている、ということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な予感を抱える僕の前に、快速急行はゆっくりと現れた。

果たして彼は、長椅子だけを積んでいた。奴のヘッドライトが、残念でしたと言ってるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長椅子だからなんだ!同じ電車じゃないか!」

と、思われる方も、中にはいるかもしれない。

 

 

 

 

だがしかし、残念ながらそれは違うのである。

 

うまくいけば半個室になりうるようなボックスシートと、

どう足掻いたって運命共同体的な長椅子式とでは、天と地ほどの(実質、集と個ほどの)差があるのだ。

 

 

いかに業深き僕の理性とはいえ、

長椅子式のシートで酒を飲むことに対しては、GOサインを出さなかった。思いの外、僕は冷静だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。また、しかしだ。

理性がGOを出さなくたって、感情がGOを出したがることもある。

 

 

 

 

 

「あかん、流石にそれはあかん、良心が許さん。やめとけ。」
と、僕の中の良僕が囁く。

 

 

「いいじゃんか。たまにいるじゃん、飲んでる奴。時間も時間だし、気にするなよ。飲んじゃえよ」

と、僕の中の悪僕が囁く。

 

 

 

 

 「石川や 浜の真砂は尽きるとも」

と、記憶の中の啄木が詠う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイネケンとほろよい、そして助六の入った袋を片手に、僕は葛藤していた。

 

 

 

 

学生時代の僕は、

 

缶ビールやストロングゼロを片手に電車へ乗り込んでくる、ネクタイを緩めたくたびれサラリーマン達

 

を、とてつもなく残念なもの、のように眺めていた。

 

 

 

 

また同時に、彼らのことを、大変にかわいそうで哀れなものであるように眺めていた。

「かわいそうだけど、あんな大人にはなりたくないな」

と、思っていた。

 

 

 

 

 

 

その大人に今、僕はなりかけているのである。

 

 

あと一歩踏み出せば、僕はめでたく、彼らの仲間入りを果たすことができるのだ。

 

 

 

 

 

飲んでしまおうか。

いや、やめておこう。

 

 

いやいや、やっぱり飲もうか・・・。

いやいやいや、やめとこうよ・・・。

はたらけどはたらけど・・・。

 

 

 

 

 

 

僕の中の悪僕と良僕と啄木が戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結論が出るまでに、相当な時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

飲もう!!!!!

と、決めた。

 

 

 

 

 

車内にはすでに、空席が目立ち始めていた。

 

 

 

僕の良心よ、

社会の公序良俗よ、

今は亡き石川啄木よ、赦せ。

 

 

 

俺は俺の欲求を、今日だけ許してあげたいのだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思ったその時。

終点である最寄駅に着いた。

 

 

 

ぽかーんとしつつ、電車を降りて、帰路に着いた。

 

 

途中、川沿いで歌う路上ミュージシャンの横で、ハイネケンとほろよいを飲んだ。

気づいたら、CDを2枚買っていた。

 

 

 

働けど働けど、我が暮らし楽にならざる理由、ここにあり。

 

 

 

 

ローソンに寄って、ストロングゼロとチョコパイを、ポイントで引き換えた。

 

チョコパイを食べながら、ストロングゼロを飲みながら、家まで歩いた。

 

 

 

 

こんな大人になりたくなかったな、と思った。

11月4日に、何を思い出したのか思い出せない話

タイトルの通り。

 

今日、どこかで(おそらくスーパーだ)、何かを見て、何かを思い出したんだけど、

それがなんだったのか、何を見て何を思い出したのか、全く思い出せない。

 

記憶の坩堝。

思い出したら、改めて記事にしようと思う。

11月1日に、なぜ僕が制服萌えなのか考えた話

毎度毎度言うことだけど、日常について記すことができないのは、雑文ブログ書きにとってかなり致命的だ。

 

 

最初の頃の記事と今の記事で、中身が違いすぎてるなぁと、僕だって思っているのです。

お菓子をこっそり小さくしている企業の人も、本当はこんな寂しい気持ちを感じているのかもしれない。しょうがないことなのだ。

 

 

自分が今日こういう一日を過ごしたとか、どこへ行って何をしたとか、一切書けないんだから。

雑観の記しようがない。That is a しょうがない。

 

 

 

結局、日常のワンシーンを切り取って、論を深めることとなる。

今を起点に過去を振り返り、最後に今に戻ってくることで、本日のブログとするしかないのだ。

(ちょうどまさに、前回のブログがその感じ。)

 

 

今日も今日とてそうなんだけど、ところでこの言い訳、僕は一体誰に向けて書いてるのでしょう。

 

 

 

 

帰り道。

特急に揺られて、始発駅からほぼ終点まで。熟睡して目覚めても、まだついてない程度には遠い。短距離新幹線ってできないものだろうか。

 

 

できない。

 

 

目を覚ました僕、の正面、の空いていたはずの席に、二人の女子高生が腰を下ろしていた。

(そう、4人がけの椅子だった)

 

 

紺のセーラー服を見にまとっており、冬の訪れを感じさせる。ひとりは少し腕まくりしていて、もう一人は濃グレーのカーディガンも着ている。

ほんでまた、二人とも、似たような髪型だ。

 

 

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こんな感じの。

(なんと呼ぶのか知らない。後ろでお団子みたいに編み込みして、両方から細長くダランと垂れ下がらしている。よく見るけど、流行ってるのかな。)

 

 

 

うっすらではあるが、化粧をしている。運動部じゃないのか、はたまた、運動部を引退して、少し色気づいたのか。

片方がスマートフォンをいじり、もう片方が仕切りに話しかけている。

仲睦まじい帰り道を、絵に描いたような景色。いいなあ、青春。羨ましいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見過ぎ。

 

うん、そうだ。わかってる。でも見ちゃうのだ。

 

 

僕はどういうわけか昔から、セーラー服(特に紺とか黒。冬セーラー。)が好きなのだ。性癖だからしょうがないのだ。

 

 

女子高生の制服というものに、なんとも不思議な魅力を感じるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、そんなに不思議でもないわな。

制服モノのビデオ、たくさんあるもんな世の中に。

 

 

 

 

 

 

 

いや、でも違うの。違うのよ。性的なそういうナニとは違うんです。

 なんかもう、言葉にしづらいけどぉ・・・ナニをしたいとか、一切そういうことではない。

 

 

 

ただもう、可愛いなぁいいなぁって、思うだけなのだ。

 

胸当てはある方が好き。スカートは長めで。

冬セーラーとタイツの組み合わせは最強だと思う。

ブレザーも好きだけど、でもやっぱりセーラー服。

いいなぁ、彼女できたら着て欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これやっぱり、ただの性癖だな。

強がってごめん。

 

 

 

 

しかし、僕のこの、制服萌えの原点はどこにあるのだろう。

一番古いセーラー服に関する記憶を考えていたのだけども、それだとポパイになっちゃうので、どうやら関係ないらしい。

 

 

 

 

やっぱり、中学・高校と6年間、男子校生活が長かったのが、一番大きな原因なのかもしれない。

 

 

母校のすぐ近くには、セーラー服の共学公立高校もあったし、考えてみれば初恋のあの娘だって、黒のセーラー服を着ていたではないか。

 

 

あの娘に恋してたのやら、セーラー服に恋してたのやら。

 

 

 

そういう思春期の抑圧が、今の熱情を生んでいるのかな。

あの頃、決して手に入らなかったものに対する、永遠に続く憧れというか、欲望というか。怖っ。

 

 

 

 

 

 

何が怖いって、

女子高生とおっさんが絡んでるようなビデオ見たって、そんなにときめかない、というところなのだ。

 

 

たぶんセーラー服に対する憧れは、中高生だった僕が持っていたもので、

この渇望をどうにかするには、中高生僕がなんらかの形で満たされる必要があるのだ。

 

 

 

言うまでもなく、不可能な話である。

今や僕は大人僕になっており、中高生僕のセーラー服に対する憧れは、今後未来永劫、解消され得ない。

大人僕がおじさん僕になり、おじいさん僕になっても、中高生僕は満たされないままで、いつまでもいつまでも、セーラー服を好きでい続けるのだ。

 

 

なんか、村上春樹みたいな話になってきたな。壮大だ。

(早大付属はブレザーか男子校らしい)

 

 

 

 

 

 

 

こんなブログを、電車に揺られながら、ずっと書いていた。無表情で。もうすでに怖い。

 

 

ほんでまた、そもそものきっかけとなった女子高生二人は、

どうやら修学旅行生だったらしく、他の座席に座っていたセーラー服仲間たちと合流して、僕と同じ駅で降りていった。楽しそうに。

 

 

宿舎に戻るのだろうか。だとしたらあの旅館か・・・?

 

とか、ちょっと考えたところで、

大人僕が中高生僕を戒めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以上は犯罪だぞ!!!  と。

 

 

 

 

自宅に戻って、ここまで記した。

なぜ制服萌えになってしまったのか、その理由は全くわからんけれども、

とにかく僕はセーラー服が好きだし、たぶんそれはこれからもずっと同じだ。

 

 

ハロウィンハロウィン言う暇あったら、女性諸氏はぜひセーラー服を着てくれ。ドンキとかで売ってるやつはNG。

 

 

 

 

 

 

 

今更なことだけど、今日のブログ、相当気持ち悪いし、相当恥ずかしいやつだね。ブログを書き始めたあの頃の、いい具合にのらりくらりした感じは、果たしてどこにいってしまったのやら。

 

 

元々、遠い異国の船乗り服だったそれが、150年近く経って、遥か極東の日本男児を、こうも辱めることになるとは。

 

航海させたり、後悔させたり。

雑なオチをつけて、記事を公開。ではまた今度。

10月20日に、空腹を通じて昔が思い出された話

腹が減った、と、突然思った。

今日の10時頃、バイト中の話だ。

 

 

 

僕は子どもの頃から、あまり寝起きがよくない。

殊に、「その後に、特に面白くもない平凡な何か」が待っている朝は、常に体調が悪い気がする。

 

 

小学生の時は確か、7時半に起きて、8時に家を出ていたのだけど、その頃すでに、朝ごはんを食べるのは苦痛であった。せっかく母が作ってくれたんだから・・・と、子どもながらに吐き気を抑えて、無理やり詰め込んでいたと思う。

 

 

 

 

中学に入ると、起床時間はさらに早まって、6時15分起床、6時45分出発、というような日々を送るようになった。

 

この頃、僕の朝ごはんといえば、もっぱらプリンであった。他に食べられるものがなかったのである。

 

とろける系のプリンを、流動食のようにお腹へ流し込んで、昼までの空腹をごまかす日々。いま思えば、思春期の精神的なアレコレもあったのかもしれぬ。

 

 

 

中1の2月、冬休み明け某日。

珍しく体調が良かった僕は、朝起きて、トーストを1枚食べて、コーヒーを飲んで、出かけた。

 

 

これが間違いだった。

学校の最寄駅についた時、僕は異常なまでの腹痛に襲われて、最寄駅のトイレから動けなくなった。

 

 

波が引いたのを見計らって、駅を離れ、学校へ向かった。当時(おそらく今もそうなのだけど)、僕の中学ではバス通学が禁止されていて、学校に至る上り坂を、15分強歩く必要があった。

 

 

その間、公園や小学校はあれど、トイレが備え付けられたコンビニのような施設は、ひとつもなかった。今もない。遅れている。旧時代的だ。ナンセンスだ!

 

 

結局僕は坂の途中で、腹痛に襲われ動けなくなり、うずくまることとなった。

 

見知った先輩や同級生が、時折心配そうに声をかけてきたり、

知らない先輩や同級生が、これまた心配そうに眺め去っていったり、

ついには知らないおばさんと、散歩中の犬にまでジロジロ見られたりと、

 

実にまあどうも本当に屈辱的な通学を、僕は余儀なくされてしまった。

 

 

 

最終的に僕は、もうどうにも間に合わなくなってしまって、恥と恥とを天秤にかけた。

(つまりは、漏らすか、借りるか、である)

 

 

上村、とかかれた表札、その真横にあったインターホンを押して、話して、開けてもらって、借りた。

トイレを。

 

 

そう僕は、上村さんというお宅でトイレを借りて、なんとか生き恥を晒さず、生き糞を漏らさずに済んだのだ。

(卒業直前に確認すると、上村さんちは更地になっていたので、ひょっとすると、僕を救うための幻だったのかもしれない)

 

 

 

 

 

 

 

あれから年月が経ち、立派な大人(法的に)になった僕だけれど、未だに朝が弱い。

7時起き、8時出勤の毎朝、ご飯を食べられよう筈もない。もうこの町に、上村さんはいないのである。

 

 

そういうわけで、本日朝10時、僕が急激な空腹に襲われることとなった。

空腹からくる吐き気すら覚えた。

 

 

本来、この話が本題だったんだけど、

思い出を書き連ねているうちに満足してしまったので、

ここから先の僕の1日については、特に記そうとも思わない。もうお腹いっぱいでしょう?